日揮HD(1963)1Q|増益でも受注進捗7%

本記事のステータス:新規(infojuggle.com における日揮ホールディングスの初回調査記事)。機械株ポータルのサブセクター「海洋・プラントEPC」に登録しています。同じサブセクターの三井海洋開発(6269)のレポート、および機械株リサーチ・ポータルも併せてご覧ください。

「営業利益+56%、経常利益+132%」——この見出しだけを見て、日揮ホールディングス(1963)の第1四半期は文句なしの好決算だと判断してよいでしょうか。

同じ決算資料には、もう一つの数字が載っています。通期の受注高予想1兆7,400億円に対し、第1四半期の受注高は1,145億円。進捗率わずか7%です。株価は5月の52週高値2,927.5円から22%下げたままで、直近3ヶ月はTOPIXを15.6ポイント下回っています。

この記事では、プラントEPC銘柄を読むときに必ず押さえる4つの視点——①受注残とプロジェクト採算、②資源価格を経由した遅行需要、③ネットキャッシュとBS構造、④持分法・JV・一過性損益——を、決算短信・決算概要・中期経営計画の一次データで定量化しました。

読み終える頃には、「増益の中身がどこまで実力なのか」を自分で判定できるようになっているはずです。

【需要ドメイン】主要=LNG・ガスバリューチェーン/副次=深海石油・ガス生産、エネルギー転換(CCS・SAF)、半導体材料(機能材製造)
【決算月】3月期(本記事の「第1四半期」は2026年4〜6月) 【会計基準】日本基準 【開示通貨】円(想定為替レート150円/米ドル)
本記事は決算短信・決算概要・中期経営計画「BSP2030」・EDINETの財務データに基づく調査分析の情報提供です。投資判断の最終責任は読者にあります。

目次

総合評価

品質スコア ★★★☆☆(36/70)
価格判定 C(適正)/手法中央値 +13.8%、手法間レンジ ▲14.8%〜+32.2%
資本イベント素地(TOB/MBO) 2/10(低い)
国策アライン度 5/10(中程度)
テーマ適合度 27/40(やや高い)
上抜け素地 1/6(⑥カタリストに ▲1 調整)

採点基準は equity-rating-framework v2.2(品質7軸70点/価格判定A〜Eを分離/需給は直近3ヶ月・カタリストは今後3ヶ月の窓)に準拠しています。

7軸スコアと根拠

根拠(数値付き)
①成長性 5 売上高3年CAGRは+7.1%(2023年3月期6,069億円→2026年3月期7,453億円)。ただし会社の通期予想は▲10.1%の減収で、第1四半期のBook-to-Bill(受注高÷売上高)は0.86倍と1倍割れ。総合エンジニアリング事業に限れば0.80倍。通期受注高予想1兆7,400億円に対する進捗は6.6%。成長ドライバーは海外LNG(受注残+11.7%)と機能材製造(通期利益進捗36%)に限られる
②収益性 6 第1四半期の営業利益率7.76%(前年同期4.16%)、売上総利益率12.78%(同8.14%)と大幅改善。ROEは2026年3月期実績10.2%、第1四半期年換算10.9%。一人当たり営業利益は4.34百万円(2026年3月期。従業員▲2.5%・平均年間給与+4.8%を吸収して営業黒字転換)だが、2023年3月期の4.66百万円には未達。通期予想の営業利益率は6.0%。労働分配率は連結人件費の開示がなくN/A
③収益の質・連結範囲 4 持分法投資利益は税引前利益の2.35%、非支配株主帰属は0.06%と連結範囲はクリーン。一方で通期純利益予想460億円のうち199億円(43.3%)が水ing株式売却益という一過性。さらに経常利益の増加額121.8億円のうち59.4%が為替のスイング(前年同期の為替差損33.6億円→当期の為替差益38.8億円)で、会社は下期に差損への反転を想定。加えて連結子会社PT. JGC INDONESIAの決算期変更により当期は6ヶ月分を計上
④競争優位性 6 大型LNGプラントを一括請負(ランプサム)EPCで完遂できる世界数社の一角。2017年受注のモザンビークCoral South(2022年LNG初出荷)に続き、Coral NorteをTechnip Energies・サムスン重工と共同受注(日揮グループ分は約10億米ドル超)。中東・東南アジアにも展開。ただし2024年3月期・2025年3月期は2期連続の営業赤字で、EPC遂行力が一度毀損した事実は残る
⑤需給ポジション(直近3ヶ月) 2 3ヶ月騰落率▲8.5%(2026年5月8日週終値2,495.5円→8月10日終値2,284円)に対しTOPIXは+7.1%。対TOPIX ▲15.6pt の大幅アンダーパフォーム。信用倍率は7月10日15.96倍→7月31日19.51倍と悪化、75日移動平均線から▲7.91%、52週高値2,927.5円から▲22.0%
⑥カタリスト(今後3ヶ月) 5 本体6点(日付が確定した材料は11月上旬予定の第2四半期決算1件。水ing売却益約200億円の計上が確定しており業績に直結)。上抜け素地1/6により▲1調整
⑦リスク耐性 8 自己資本比率50.0%、実質ネットキャッシュ3,782億円は時価総額5,580億円の67.8%。投資有価証券816億円を加えると82.4%に達する。有利子負債358億円は全額リコース(社債200億円+借入金)で、SPCのノンリコース借入は保有しない。一方でサウジアラビア・イラク・UAEに複数案件を抱え、工事損失引当金360.6億円(受注残の3.1%)が残存
合計 36/70 ★★★☆☆(36-45)

上抜け素地チェック(1/6)

①売買代金:直近4週の平均出来高760万株÷直近13週平均950万株=0.80倍(1.3倍未満・✗)/②上値のしこり:年初来高値2,927.5円まで+28.2%、5〜6月に2,700〜2,900円台で大出来高(✗)/③信用買残の重石:信用倍率が15.96倍→19.51倍へ上昇(✗)/④踏み上げ余地:貸借銘柄だが売り残69.3千株は買い残1,352.0千株の5%(✗)/⑤浮動株:時価総額5,580億円・支配株主不在で浮動株は薄くない(✗)/⑥未織り込み材料:大型LNG案件の受注期待(○)。

🔴 上抜け素地は「上がりやすさ」ではありません。売買代金が細い・浮動株が薄い状態は悪材料が出たときの下落も同じだけ大きくなるという両刃の性質であり、有利さの指標でも売買タイミングの示唆でもありません。

解釈

品質★3 × 価格C は解釈マトリクス上「中立」に当たります。財務の強靭さ(ネットキャッシュが時価総額の7割)と、成長の先行指標である受注の弱さ(進捗7%)が真正面からぶつかっている状態です。どちらを重く見るかで評価が変わる、典型的な判断分岐点にあります。

会社概要と事業構成

会社名/コード 日揮ホールディングス株式会社(JGC HOLDINGS CORPORATION)/1963・東証プライム
サブセクター プラントEPC(LNG/エネルギー・化学)
決算月/会計基準/開示通貨 3月期/日本基準/円(想定為替150円/米ドル)
株価(2026年8月10日終値) 2,284円(前日比▲1円、▲0.04%)
時価総額 5,580億円(発行済244,293,008株/自己株式2,442,546株)
予想PER 12.0倍(会社予想EPS 190.25円ベース)
PBR 1.30倍(第1四半期末BPS 1,758円ベース・算出値)
配当利回り 2.28%(2027年3月期予想 期末一括52円)
自己資本比率 50.0%(2026年6月末)
有利子負債 358億円(短期借入6.3+1年内返済長期8.7+社債200+長期借入143.2億円)。すべてリコース
実質ネットキャッシュ 3,782億円(現金預金4,140.6億円-有利子負債358.2億円)
主要株主 日本マスタートラスト信託銀行19.46%、日本カストディ銀行10.50%、日揮商事5.00%、公益財団法人日揮・実吉奨学会3.48%(2026年3月期有報)。支配株主・親会社は存在しない
従業員数/平均年間給与 連結8,154人/9,749,814円(提出会社245人ベース・2026年3月期有報)

2つの報告セグメント

セグメント 1Q売上高 1Qセグメント利益 利益率 通期予想 進捗率
総合エンジニアリング 1,426.7億円
(前年1,741.3億円)
115.8億円
(同74.5億円)
8.11%
(同4.28%)
売上6,060億円
利益414億円
売上24%
利益28%
機能材製造 155.9億円
(同145.9億円)
23.8億円
(同18.4億円)
15.28%
(同12.62%)
売上555億円
利益66億円
売上28%
利益36%
その他 18.8億円 2.9億円 15.34%
調整額 ▲8.4億円 ▲18.9億円
連結 1,592.99億円 123.55億円 7.76% 売上6,700億円
営業利益400億円
売上24%
営業利益31%

売上構成では総合エンジニアリングが9割を占めますが、利益の伸びしろという意味では機能材製造の存在感が増しています。同事業は触媒・ファインケミカルを手がけ、会社は「生成AI関連およびデータセンター関連の半導体需要拡大に伴い、半導体製造装置関連製品の販売が好調」と説明しています。通期予想の利益進捗36%は、総合エンジニアリングの28%を上回ります。

2027年3月期 第1四半期決算の中身

連結損益計算書(百万円)

項目 2027年3月期1Q 2026年3月期1Q 増減率
売上高 159,299 189,821 ▲16.1%
売上原価 138,947 174,376 ▲20.3%
売上総利益 20,352 15,445 +31.8%
売上総利益率 12.78% 8.14% +4.64pt
販売費及び一般管理費 7,997 7,545 +6.0%
営業利益 12,355 7,899 +56.4%
 受取利息 4,115 3,057 +34.6%
 為替差益(前年は差損) 3,882 △3,355
 持分法による投資利益 501 349 +43.6%
経常利益 21,378 9,201 +132.3%
税金等調整前四半期純利益 21,328 9,152 +133.0%
法人税等 9,703 3,562 実効税率45.5%
親会社株主帰属四半期純利益 11,617 5,600 +107.4%
1株当たり四半期純利益 48.03円 23.17円 +107.3%

🔴 増益の中身を3つに分解する

ここが本記事で最も重要な作業です。増益幅をそのまま実力と読むと、下期の姿を見誤ります。

① 連結子会社の決算期変更で6ヶ月分が乗っている

連結子会社PT. JGC INDONESIAは従来12月決算の財務諸表を使用していましたが、当第1四半期から連結決算日に仮決算を実施する方法に変更しました。この結果、当第1四半期には同社の6ヶ月分(2026年1月〜6月)が計上されています。会社は追加情報で、上乗せ分にあたる2026年1〜3月の数値を開示しています。

項目 1Q開示値 決算期変更による上乗せ分 実質ベース(算出値) 実質の前年同期比
売上高 159,299 15,907 143,392 ▲24.5%
営業利益 12,355 1,536 10,819 +37.0%
営業利益率 7.76% 7.55%
経常利益 21,378 2,331 19,047 +107.0%

実質ベースでも営業利益は+37.0%と立派な増益ですが、開示値の+56.4%とは差があります。減収幅も▲16.1%ではなく▲24.5%で、事業の縮小はより大きい、というのが実態です。

② 為替のスイングが経常利益を押し上げている

経常利益の増加額121.8億円のうち、為替差損益のスイング(前年同期の差損33.6億円→当期の差益38.8億円=72.4億円)が59.4%を占めます。会社は通期を1米ドル=150.00円で試算しており、決算概要で「第1四半期に計上した営業外の為替差益は差損に反転する想定」と明記しています。この項目は下期に逆回転する前提で設計されていると理解すべきです。

③ 通期純利益の43%は資産売却益

通期の営業利益予想400億円に対し、経常利益予想は460億円、純利益予想も460億円と、下に行くほど数字が減らない不自然な形をしています。理由は後発事象に書かれています。

会社は持分法適用関連会社である水ing株式会社の全株式(1,000,000株)をインフロニア・ホールディングスへ譲渡し、2026年7月1日に完了しました。譲渡価額は250.68億円(水ingから受領した特別配当53.32億円に基づく価格調整後)、連結での投資有価証券売却益は199.33億円で、第2四半期に計上されます。

つまり通期純利益予想460億円のうち199億円(43.3%)は一過性の資産売却益です。これを除いた実質の純利益は約261億円(推計)となります。

通期予想に対する進捗率

項目 1Q実績 通期会社予想 進捗率 線形ペース
売上高 1,592.99億円 6,700億円 23.8% 25%
売上総利益 203.5億円 730億円 27.9% 25%
営業利益 123.55億円 400億円 30.9% 25%
経常利益 213.78億円 460億円 46.5% 25%
親会社株主帰属純利益 116.17億円 460億円 25.3% 25%
受注高(総合エンジ) 1,145.08億円 17,400億円 6.6% 25%

経常利益の進捗46.5%は為替差益の先取りであり、会社の想定どおり下期に差損へ反転すれば正常化します。会社は通期予想を5月の発表値から据え置き、「全体としては期初発表値に対して順調に進んでいます」としています。

ただし受注高の進捗6.6%だけは、線形ペース25%から大きく乖離しています。残る9ヶ月で1兆6,255億円の受注が必要という計算になり、この数字をどう見るかが本銘柄の評価を分けます。

海洋・プラントEPC 4視点

視点A:受注残とプロジェクト採算

受注残高は微減、中身は入れ替わり

区分(百万円) 2026年3月末
受注残高
1Q受注高 1Q売上高 2026年6月末
受注残高
増減率
総合エンジニアリング 1,155,589 114,508 142,656 1,141,226 ▲1.2%
 国内計 145,359 25,559 29,796 141,123 ▲2.9%
 海外計 1,010,229 88,949 112,860 1,000,103 ▲1.0%
機能材製造 10,129 18,933 15,591 13,544 +33.7%
その他 976 3,983 1,051 3,891 +298.7%
合計 1,166,695 137,425 159,299 1,158,662 ▲0.7%

総合エンジニアリング事業の期末受注残高には、為替換算による修正および契約金額の修正・変更等による調整額137.85億円が含まれています(機能材製造は+0.73億円、その他は▲0.17億円)。

Book-to-Bill と受注残倍率

Book-to-Bill(全社) 1,374.25億円 ÷ 1,592.99億円 = 0.86倍
Book-to-Bill(総合エンジ) 1,145.08億円 ÷ 1,426.56億円 = 0.80倍
受注残倍率(全社・通期予想売上ベース) 11,586.62億円 ÷ 6,700億円 = 1.73年
受注残倍率(総合エンジ) 11,412.26億円 ÷ 6,060億円 = 1.88年
参考:2026年3月期実績売上ベース 11,586.62億円 ÷ 7,452.80億円 = 1.55年

Book-to-Billが1倍を割るということは、消化した分ほどには受注を積めていないということです。第1四半期は0.86倍で、受注残は8,033百万円減りました。減少幅そのものは小さいものの、受注残倍率1.73年は同業のTechnip Energies(後述、3.5倍)と比べると業績可視性が薄い水準です。

分野別に見ると「LNGだけが増えている」

分野(百万円) 2026年3月末 2026年6月末 増減率
海外・LNG関係 343,426 383,474 +11.7%
海外・石油・ガス関係 278,499 256,544 ▲7.9%
海外・その他 358,825 334,465 ▲6.8%
海外・化学関係 25,610 20,734 ▲19.0%
海外・クリーンエネルギー関係 2,824 2,926 +3.6%
国内・ヘルスケア・ライフサイエンス 87,295 80,403 ▲7.9%
国内・クリーンエネルギー関係 23,956 23,115 ▲3.5%
国内・石油・ガス関係 9,353 15,763 +68.5%

第1四半期の受注高1,374億円のうち、海外LNG関係が795億円(57.9%)を占めます。この中心が、フランスのTechnip Energies社、韓国のサムスン重工業社と共同で正式受注したモザンビーク沖Coral Norte(コーラル・ノース)向け洋上LNGプラントです。年産約360万トンのFLNGで、日揮グループの受注分は約10億米ドル超と発表されています。同社は2017年にモザンビーク初のFLNGであるCoral Southを同じ3社体制で受注し、2022年にLNG初出荷を達成した実績があります。

逆に言えば、LNG以外のすべての分野で受注残は減少しています。海外の石油・ガス関係▲7.9%、その他▲6.8%、化学▲19.0%。国内のヘルスケア・ライフサイエンスも▲7.9%です。LNG一本足という構図が、受注残の中で進行しています。

工事損失引当金と過去の不採算案件

ランプサム(一括請負)EPCはコスト超過を自社が負担する契約形態です。同社はこのリスクが顕在化した経験を持ちます。

決算期 2022年3月期 2023年3月期 2024年3月期 2025年3月期 2026年3月期
売上高(億円) 4,284 6,069 8,326 8,581 7,453
営業利益(億円) 207 367 ▲190 ▲115 354
売上総利益率 10.6% 11.0% 1.28% 2.21% 8.61%
親会社株主帰属純利益(億円) ▲356 307 ▲78 ほぼ均衡 418

2024年3月期・2025年3月期は海外の複数のEPC不採算案件により2期連続で営業赤字。2022年3月期には特別損失582.75億円で純損失356億円を計上しています。第1四半期末の工事損失引当金は360.55億円(前期末368.76億円から8.21億円取り崩し)で、受注残高の3.11%に相当します。会社は中期経営計画で「専門レビュー組織・コミッティーの新設による一貫かつ定期的なリスク管理」「標準的なEPCスケジュールを基軸とした個別プロジェクトのスケジュール評価の仕組化」など、ランプサムモデルの強化策を明示しています。

今回の売上総利益率12.78%は、この一連の是正が効いていることの数字上の証拠です。ただし引当金360億円が残っている以上、リスクが解消したとは言えません。会社自身も「中東情勢に関しては……最新の状況により各プロジェクトの予算を見直し」と、サウジアラビア・イラク・UAEで遂行中の案件について予算の再見積りを行ったことを開示しています。

視点B:資源価格と遅行需要(🔴 伝達経路を誤らない)

プラントEPCの業績は、原油・ガス価格に直結しません。伝達経路は次のとおりです。

原油・LNG価格 → 顧客(石油・ガス会社)のFID(最終投資決定) → 入札・FEED → EPC受注 → 3〜5年かけて工事進行基準で売上化

受注済みの案件は固定価格のランプサム契約であり、資源価格の変動では売上も利益も動きません。足元の資源価格は、当期の業績ではなく2〜3年先の受注に効きます。

Brent原油スポット価格の月次推移(米ドル/バレル・EIA)

2025/12 2026/1 2026/2 2026/3 2026/4 2026/5 2026/6 2026/7
Brent 62.54 66.60 70.89 103.13 117.29 107.14 85.40 83.76

2026年2月末からの中東情勢の緊迫化で原油価格は一時100米ドル超まで急騰し、6月の停戦後も7月平均83.76米ドルと衝突前の60米ドル台を上回る水準で推移しています。資源価格が高止まりすること自体は、顧客のFIDを後押しする方向に働きます。

ただし同社の場合、原油高は「機会」と「コスト」の両面から効きます。中東はサウジアラビア・イラク・UAEに複数の遂行中案件を抱える主力市場であり、地政学リスクの高まりは工事の遅延・追加コストを通じて採算を直接圧迫します。実際、会社は中東情勢を理由に各プロジェクトの予算を見直しました。会長兼社長メッセージでも「中東地域での武力衝突を背景に、ホルムズ海峡を巡る動向が世界経済に深刻な影響を及ぼしつつあります」と言及しています。

LNG案件パイプライン

会社は決算概要で「複数の大型LNG案件が契約に向けて進んでおり、今期中の受注を期待しています」と述べています。受注残に載っている主要案件としては、製油所近代化(イラク)、原油・ガス分離設備(サウジアラビア)、ニアショアFLNGプラント(マレーシア)、NGLプラント増強工事(サウジアラビア)、大型EGR/CCUS陸上設備(インドネシア)、大型低炭素LNGプラント(UAE)、FLNG(モザンビーク)などが開示されています。

グローバルなLNG投資が動いていることは、共同受注先であるTechnip Energiesの実績からも確認できます。同社は2026年上期(1〜6月)にCommonwealth LNG(米国・年産950万トン)のEPC本契約とCoral Norteを含む受注を積み上げ、調整後受注高128億ユーロ・Book-to-Bill 3.5倍を記録しました。市場に案件がないわけではない、という点は押さえておくべきです。

需要先行指標フォーキャストについて

🔴 本記事ではTimesFMによるBrent原油の統計的フォーキャストの掲載を見送りました。実行環境のディスク容量制約によりモデルと依存ライブラリを導入できなかったためです。上表は予測ではなくEIA公表の実績値です。

視点C:ネットキャッシュとBS構造

三井海洋開発のようなSPC保有型と異なり、日揮は純粋なEPCコントラクターです。プロジェクトファイナンスを組むのは顧客側であり、同社の貸借対照表にノンリコース借入は載りません。この違いがBSの姿を決定的に変えています。

項目(百万円) 2026年6月末 2026年3月末 増減
現金預金 414,059 400,476 +13,583
受取手形・営業債権及び契約資産等 128,521 135,532 ▲7,011
投資有価証券 81,635 83,164 ▲1,529
資産合計 850,037 838,793 +11,244
契約負債(前受金) 174,671 148,437 +26,234
支払手形・工事未払金等 94,099 104,018 ▲9,919
工事損失引当金 36,055 36,876 ▲821
有利子負債合計 35,817 35,182 +635
純資産合計 427,059 431,191 ▲4,132
自己資本比率 50.0% 51.2% ▲1.2pt

ネットキャッシュが時価総額の7割を占める

現金預金 4,140.59億円
有利子負債(社債200+長期借入143.2+短期6.3+1年内8.7億円) ▲358.17億円
実質ネットキャッシュ 3,782.42億円
時価総額(2026年8月10日) 5,579.65億円
ネットキャッシュ ÷ 時価総額 67.8%
(+投資有価証券816.35億円)÷ 時価総額 82.4%
EV(時価総額+有利子負債-現金預金) 1,797.23億円

これが日揮を読むうえで最も重要な事実です。時価総額5,580億円のうち、現預金と有価証券だけで82.4%が説明できてしまいます。市場が事業そのものに付けている値段(EV)は1,797億円にすぎません。

なお現預金の一部は自由に使える性質のものではありません。前受金(契約負債)1,746.71億円は顧客から預かった工事代金であり、工事の進捗とともに費消されます。中期経営計画でも手元流動性の方針として「売上高2ヵ月分+前受金残高相当を確保」と明記されており、この水準は経営が意図的に維持しているものです。

ROEのデュポン分解(第1四半期・年換算)

要素 計算根拠
純利益率 7.29% 11,617 ÷ 159,299
総資産回転率 0.755回 (159,299×4) ÷ 平均総資産844,415
財務レバレッジ 1.976倍 平均総資産844,415 ÷ 平均自己資本427,334
ROE(年換算) 10.9% 7.29% × 0.755 × 1.976(2026年3月期実績10.2%)

財務レバレッジ1.976倍は、同じサブセクターの三井海洋開発(3.17倍)の6割程度です。日揮のROE10.9%はレバレッジ由来ではなく、ほぼ本業の収益性で説明できます。裏を返せば、潤沢な手元資金がROEの重石になっているとも言え、中期経営計画がROE10%以上を掲げつつ株主還元をDOE(株主資本配当率)へ切り替えたのは、この構造への回答と読めます。

為替の効き方

機能通貨は円です。海外プロジェクトの外貨建て資産・負債の評価替えが営業外の為替差損益として現れ、第1四半期は38.82億円の差益となりました。三井海洋開発(機能通貨が米ドルで、円安は換算差=その他の包括利益に出る)とは効き方が逆です。会社は通期を150円/米ドルで置いており、足元の水準からは円高方向への想定となるため、下期は差損への反転を見込んでいます。

視点D:持分法・JV・一過性損益

指標 2027年3月期1Q 2026年3月期1Q
持分法による投資利益(百万円) 501 349
÷ 税引前四半期純利益 2.35% 3.81%
非支配株主帰属四半期純利益(百万円) 7 △10
÷ 四半期純利益 0.06%

持分法・非支配持分の寄与はいずれも軽微で、連結範囲そのものはクリーンです。三井海洋開発(持分法投資利益が税引前利益の28.0%)とは対照的で、この点だけを見れば日揮の連結損益はストレートに読めます。

ただし本銘柄の「収益の質」の論点は、持分法の大小ではなく一過性損益にあります。

  • 水ing株式の売却:持分法適用関連会社だった水ing(旧・荏原、三菱商事との3社株主体制)の全株式をインフロニアHDへ2026年7月1日に譲渡完了。連結での投資有価証券売却益199.33億円を第2四半期に計上予定。通期純利益予想460億円の43.3%に相当します。水ingAM、水ingエンジニアリングも企業集団から除外されます。
  • 連結子会社の決算期変更:PT. JGC INDONESIAの6ヶ月分計上(売上159.07億円・営業利益15.36億円の上乗せ)。
  • 為替差損益のスイング:経常利益増加額の59.4%。
  • 四半期CF計算書は未作成:四半期開示簡素化により第1四半期の連結キャッシュ・フロー計算書は作成されていません(減価償却費30.11億円のみ開示)。営業CF÷営業利益による利益の質の検証はこの四半期については行えません。

一過性を除いた実質の通期純利益は約261億円(推計)。この数字を起点に見ると、後述するバリュエーションの姿がかなり変わります。

業績推移(決算月=3月)

🔴 同社は3月決算です。以下の「2026年3月期」は2025年4月〜2026年3月を指します。会社資料では同じ期間を「FY2025」と表記する場合があるため、年度ラベルの読み替えにご注意ください。

決算期 売上高
(億円)
営業利益
(億円)
経常利益
(億円)
純利益
(億円)
ROE 1株配当
2020年3月期 4,808 202 224 41 1.0% 12円
2021年3月期 4,340 229 255 51 1.3% 12円
2022年3月期 4,284 207 300 ▲356 ▲8.8% 15円
2023年3月期 6,069 367 506 307 7.8% 38円
2024年3月期 8,326 ▲190 4 ▲78 ▲2.0% 40円
2025年3月期 8,581 ▲115 113 ほぼ均衡 ▲0.1% 40円
2026年3月期 7,453 354 582 418 10.2% 52円
2027年3月期(会社予想) 6,700 400 460 460 52円

過去7期のうち3期で最終赤字またはほぼ均衡という、振れ幅の大きい収益構造です。売上のピークは2025年3月期の8,581億円ですが、そのときの営業利益は▲115億円でした。この会社では「売上が大きい年=利益が出る年」ではありません。受注時のマージンと遂行の質がすべてを決めます。

中期経営計画「BSP2030」の位置づけ

2026年5月に発表された新中期経営計画「Building a Sustainable Planetary Infrastructure 2030」(2027年3月期〜2031年3月期)は、次の目標を掲げています。

項目 2030年度(2031年3月期)目標 足元の水準
営業利益 600億円 2027年3月期予想 400億円
当期純利益 500億円 同 460億円(うち一過性199億円)
ROE 10%以上 2026年3月期実績 10.2%
自己資本比率 50%を安定的に維持 50.0%(2026年6月末)
手元流動性 売上高2ヵ月分+前受金残高相当 現金預金4,141億円
成長投資 5年累計 約2,800億円(M&A・設備投資中心)
株主還元 配当性向からDOEへ変更。2027年3月期にDOE3%から始め、2031年3月期にDOE4%を目指す。自己株式の取得は適宜実施を検討 2027年3月期予想配当52円

予想配当52円は、第1四半期末の自己資本4,252.5億円に対するDOE約3.0%と整合します。2026年3月期には自己株式15,325,784株の消却を実施しており(発行済株式数259,618,792株→244,293,008株)、還元姿勢の強化は数字にも表れています。

営業利益600億円という目標は、2027年3月期予想400億円からの5年間で+50%。その達成に不可欠なのが受注の積み上げであり、初年度第1四半期の受注進捗6.6%は、この観点からも注視すべき数字です。

バリュエーション

以下はすべて独自の前提に基づく推計であり、企業価値や将来の株価を保証するものではありません。前提:株価2,284円、時価総額5,579.65億円、実質ネットキャッシュ3,782.42億円、EV 1,797.23億円、2027年3月期会社予想営業利益400億円。

手法1:EV/EBITDA マルチプル

EBITDAは通期予想営業利益400億円+減価償却費113.21億円(2026年3月期実績)=513.21億円で推計。現在のEV/EBITDAは3.50倍です。

EV/EBITDA EV(億円) 株主価値(億円) 理論株価 現在株価比
5倍 2,566 6,348 2,599円 +13.8%
7倍 3,592 7,375 3,019円 +32.2%
9倍 4,619 8,401 3,439円 +50.6%

手法2:受注残ベースDCF(新規受注ゼロの下限シナリオ)

「今ある受注残だけで、新規受注が一切ないと仮定したら企業価値はいくらか」を試算します。前提:受注残11,586.62億円、売上総利益率10.9%(会社の通期予想利益率)、販管費年287.45億円(2026年3月期実績)×2年、実効税率35%、WACC 8%、受注残を2年で消化。

売上総利益率の前提 受注残の事業価値
(億円)
+ネットキャッシュ
+投資有価証券(税引後)
理論株価 現在株価比
8.9%(保守) 264 4,618 1,890円 ▲17.2%
10.9%(会社予想) 399 4,753 1,945円 ▲14.8%
12.9%(強気) 533 4,887 2,000円 ▲12.4%

この結果の読み方が重要です。受注残だけで見た理論株価は1,890〜2,000円で、現在株価2,284円の83〜88%に達します。三井海洋開発では同じ計算が現在株価の55%にしかならなかったのと比べると、日揮の株価は既存の受注残とネットキャッシュでほぼ説明がつき、新規受注への期待が占める割合は12〜17%にとどまります

これは「割安だから買い」という意味ではありません。株価の8割以上が事業価値ではなく現預金と手持ち工事で構成されているということであり、株価が動くには手元資金の使い道(成長投資2,800億円・DOE引き上げ・自己株買い)か、新規受注のどちらかが必要だ、という構造を示しています。

手法3:ネットキャッシュ控除後PER(実質利益ベース)

表面の予想PER12.0倍は、一過性の水ing売却益199.33億円を含んだ純利益460億円に対する数字です。これを除いた実質純利益260.67億円(推計)で置き換えると、見え方が二方向に変わります。

表面予想PER 2,284円 ÷ 190.25円 = 12.0倍
実質EPS(一過性除く・推計) 260.67億円 ÷ 241,850,462株 = 107.8円
実質PER 2,284円 ÷ 107.8円 = 21.2倍
EV ÷ 実質純利益 1,797.23億円 ÷ 260.67億円 = 6.9倍

一過性を除くと表面PERは21.2倍まで跳ね上がりますが、ネットキャッシュを控除した事業だけを見れば6.9倍。「割安か割高か」という問いに、同じ会社が同時に両方の答えを返してくるのが本銘柄の難しさです。

EV/実質純利益 株主価値(億円) 理論株価 現在株価比
10倍 6,389 2,615円 +14.5%
12倍 6,910 2,829円 +23.9%

手法4:安定期平均利益 × PER(シクリカル検証)

🔴 過去7期のうち3期が赤字またはほぼ均衡というシクリカルな収益構造のため、ピーク利益に低PERを当てて「割安」と判定するのは不適切です。直近の回復期2年(2026年3月期実績418.42億円と2027年3月期の実質予想260.67億円)の平均339.54億円で検証すると、EPSは140.4円、PERは16.3倍。PER15倍を当てはめた理論株価は2,106円(▲7.8%)です。

まとめ:シナリオ別サマリー

シナリオ 手法 フェアバリュー 現在株価比
弱気 受注残ベースDCF(新規受注ゼロ・粗利率10.9%) 1,945円 ▲14.8%
中立① 安定期2年平均利益 × PER15倍 2,106円 ▲7.8%
中立② EV/EBITDA 5倍 2,599円 +13.8%
中立③ EV ÷ 実質純利益 10倍 2,615円 +14.5%
強気 EV/EBITDA 7倍 3,019円 +32.2%
中央値 +13.8% 価格判定 C(適正)

証券会社のコンセンサス目標株価は、本記事作成時点で出典を確認できたものがないためN/Aとしています。

Peer比較

🔴 比較対象は同じビジネスモデル(メガプロジェクトの受注残で企業価値が決まるEPC/海洋開発)に限定しています。株価指標は2026年8月10日終値ベース(株探)です。

銘柄 コード 株価
(8/10)
時価総額 PER PBR 信用倍率 受注残
(開示ベース)
主力・差別化
日揮ホールディングス 1963 2,284円 5,580億円 12.0倍 1.30倍 19.51倍 1兆1,587億円
(倍率1.73年)
LNG・エネルギープラントEPC。ネットキャッシュが時価総額の67.8%
三井海洋開発 6269 9,654円 6,598億円 11.4倍 2.47倍 46.03倍 250億米ドル
(倍率5.43年)
FPSOのEPCI+Charter+O&M一気通貫。持分法SPCが利益の3割
千代田化工建設 6366 698円 1,817億円 26.1倍 5.43倍 28.05倍 N/A(本記事では未取得) LNGプラントEPC。三菱商事系。過年度の大型損失からの回復途上で株価指標は特殊
東洋エンジニアリング 6330 2,301円 1,354億円 22.5倍 3.47倍 4.25倍 N/A(同上) 肥料・石化プラントEPC。三井物産系
三井E&S 7003 4,210円 4,340億円 13.7倍 1.90倍 16.96倍 N/A(同上) 港湾クレーン・舶用エンジン。EPC比率は低い
Technip Energies
(オランダ・EUR建て/IFRS)
AMS:TE N/A N/A N/A N/A 250億ユーロ
(2025年12月末比+57%、FY2025売上の3.5倍)
LNG・脱炭素プラントEPC世界大手。Coral Norteで日揮と共同受注

海外Peerは通貨・会計基準・受注残の定義(Technip Energiesは調整後ベース)および決算期間(同社の2026年上期は1〜6月、日揮の第1四半期は4〜6月)が異なるため、単純比較はできません。国内Peerの受注残は本記事では取得しておらず、比較には別途調査が必要です。

受注モメンタムの差

受注残倍率で見ると、日揮1.73年に対しTechnip Energiesは3.5倍と大きく開いています。Technip Energiesの2026年上期の調整後受注高は128億ユーロ、Book-to-Bill 3.5倍で、受注残は年末比+57%の250億ユーロに膨らみました。同じ半年の間に、日揮の第1四半期Book-to-Billは0.86倍です。

この構図は、三井海洋開発(総受注残▲7%)とSBM Offshore(過去最高の356億米ドル・+45億米ドル)の対比と重なります。2026年上期、日本のEPC/海洋開発2社はいずれも欧州の同業に受注モメンタムで水をあけられました。その理由が案件選別の慎重さなのか、競争力の差なのかは、本記事の公開情報だけでは判断できません。今後の受注動向で検証すべき論点です。

一方で、収益性の面では逆の見方もできます。Technip Energiesの2026年上期は調整後EBITDAが前年同期比▲45%と落ち込んでおり、受注を積むことと採算を確保することが別問題であるのは、どの企業でも同じです。日揮が2024〜2025年3月期の不採算案件を経て採算重視に舵を切っているとすれば、受注の少なさはその代償という解釈も成り立ちます。両方の可能性を頭に置いたうえで、今後の受注と利益率を並べて追うのが妥当です。

カタリストカレンダー(2026年8月〜2027年2月)

時期 内容 影響度 織り込み度
2026年11月上旬(予定) 2027年3月期 第2四半期(中間期)決算。水ing売却益約199億円の計上、為替差益から差損への反転、通期予想の扱い ★★★★☆ 一部織込(金額は開示済)
時期未定 大型LNG案件の受注(会社「複数の大型LNG案件が契約に向けて進んでおり、今期中の受注を期待」) ★★★★★ 未織込
2026年8〜9月 OPEC+閣僚級会合(生産方針)/中東情勢の推移 ★★☆☆☆ 一部織込
2027年2月上旬(予定) 第3四半期決算。通期受注高予想1兆7,400億円に対する進捗の確認点 ★★★★☆ 未織込
2027年3月末 期末配当52円(DOE3%ベース)の権利確定 ★★☆☆☆ 概ね織込済
時期未定 成長投資2,800億円の具体化(M&A・設備投資)、自己株式取得の実施判断 ★★★☆☆ 未織込

レーティング⑥カタリストの採点は「今後3ヶ月(2026年8〜11月)」の窓に限定しており、日付が確定している材料は第2四半期決算の1件です。時期未定の材料は件数に算入していません。

財務リスク

  • 受注高の進捗:通期予想1兆7,400億円に対し第1四半期は1,145億円(進捗6.6%)。Book-to-Billは0.80倍(総合エンジ)で受注残は減少に転じました。残る9ヶ月で1兆6,255億円の受注が必要で、会社が期待する「複数の大型LNG案件」が実際に契約に至るかが2028年3月期以降の売上を左右します。
  • ランプサム契約のコスト超過リスク:2024年3月期・2025年3月期は海外EPC不採算案件で2期連続の営業赤字。工事損失引当金360.55億円(受注残の3.11%)が残存しています。中東情勢を受けて各プロジェクトの予算を見直した旨も開示されており、リスクは継続中です。
  • 中東への地域集中:サウジアラビア・イラク・UAEで複数案件を遂行中。ホルムズ海峡を巡る情勢は、資機材の輸送・要員の安全・工期に直結します。売上の地域別内訳は四半期開示では示されていないため、依存度の正確な算出はできません。
  • 一過性依存:通期純利益予想460億円の43.3%が水ing株式売却益。第2四半期に一度計上されれば翌期以降は消えるため、2028年3月期の予想が出た時点で減益に見える構造になります。
  • 為替の逆回転:第1四半期の為替差益38.82億円は、会社の想定(150円/米ドル)どおりなら下期に差損へ反転します。経常利益の進捗46.5%をそのまま通期に延長できません。
  • 四半期CFの非開示:第1四半期の連結キャッシュ・フロー計算書は作成されていません。EPCは前受金と工事払いのタイミングで運転資本が大きく振れるため、利益の現金裏付けは中間期以降の開示で確認する必要があります。
  • 手元資金の運用:現金預金4,141億円は財務の安全弁である一方、ROEの重石でもあります。成長投資2,800億円の投下先と回収の巧拙が、BSP2030の営業利益600億円目標の成否を分けます。

テーマ適合度の内訳

テーマの定義:「LNG・ガスバリューチェーン ― エネルギー安全保障を背景としたLNG生産・液化設備の新設」。判断軸のうち、①政策・規制の裏付け(各国のエネルギー安全保障政策・日本のエネルギー基本計画)、③第三者によるTAM推計(各種LNG需給見通し)、④実装マイルストーンの公開(案件ごとのFID・稼働目標年)、⑤複数の大手による資金投入(Eni、Commonwealth LNG、中東国営会社等)——の4項目を満たすため、テーマとして扱います。

根拠
①量的寄与 8 海外LNG関係の受注残3,834.74億円は全社受注残の33.1%。第1四半期受注高では795.03億円=57.9%を占める。売上ベースでも海外LNGは451.63億円=全社の28.3%。セグメント開示ではなく分野別の受注・売上表からの算出
②純度 7 LNGは総合エンジニアリング事業の主要分野の1つ。ほかに石油・ガス、化学、ヘルスケア・ライフサイエンス、機能材製造を持つ。時価総額5,580億円の中型株で、LNG受注の成否が企業価値に見えるかたちで効く
③サイクル位置 4 一巡〜成熟。株価は2025年8月15日の52週安値1,327円から2026年5月25日の高値2,927.5円まで+120.6%の大相場を経て、8月10日時点で2,284円(高値比▲22.0%)。再燃には新規の大型受注という新しい材料が必要
④希少性 8 大型LNGプラントを一括請負EPCで完遂できる企業は世界で数社(Technip Energies、Bechtel、Saipem、KBR、千代田化工建設、日揮等)。国内では日揮と千代田化工建設の2社に絞られる
合計 27/40 やや高い

🔴 ①量的寄与と③サイクル位置の乖離:LNGは受注残の33.1%を占め、量的寄与は明確に確認できます。一方でテーマとしては大相場を一度こなした後の調整局面にあり、業績の裏付けがあっても株価が反応しにくい状態です。逆に言えば、株価が動くには新規の大型受注という新しい材料が必要になります。

🔴 純度・希少性は両刃です。LNG EPCで代替の効きにくいポジションにあるということは、LNG投資サイクルが失速したときの下落も同じだけ大きくなるということです。有利さの指標ではありません。

副次テーマ:半導体材料(機能材製造事業)

機能材製造事業は触媒・ファインケミカルを手がけ、会社は「生成AI関連およびデータセンター関連の半導体需要拡大に伴い、半導体製造装置関連製品の販売が好調」と説明しています。これは構想・実証段階ではなく、すでに売上・利益として計上されているテーマです。通期予想は売上555億円(全社の8.3%)、セグメント利益66億円(連結営業利益予想の16.5%)で、第1四半期の利益進捗は36%と総合エンジニアリング(28%)を上回りました。会社は中期経営計画の重点戦略に「機能材製造事業の成長加速」「半導体関連市場での販売拡大」を掲げています。

ただし全社に対する規模はまだ小さく、この事業だけで企業価値が動く段階ではありません。また会社は「原材料調達等への中東情勢の影響はこれまでのところ限定的」としつつ、通期予想には中東情勢の影響を織り込んでいる旨を説明しています。

国策アライン度(5/10・中程度)

該当項目:③基金として複数年度分が措置(グリーンイノベーション基金等)/④GX推進戦略等の重要政策文書にLNG・水素・CCSが明記/⑥エネルギー基本計画等で需要が担保/⑦当該企業の到達経路が確認できる(国内クリーンエネルギー関係として受注残231.15億円・第1四半期受注68.39億円・売上76.80億円が分野別表で開示)/⑨政策が複数年度にわたり継続。

🔴 ただし業績寄与は限定的です。国内クリーンエネルギー関係の受注残231.15億円は全社受注残1兆1,587億円の2.0%にすぎません。また、この受注が政策予算に由来するものかどうかは分野別表からは特定できず、項目⑧(過去に同種の政策予算で受注・売上計上の実績)は未確認です。支援枠や予算額を企業の売上機会と混同しないでください。進行段階は③実証〜④商業化の境目にあり、全社業績を動かす規模になる時期は現時点で見通せません。

資本イベント素地(2/10・低い)

10項目のうち該当は2項目です。②ネットキャッシュ+投資有価証券が時価総額の82.4%(3,782億円+816億円÷5,580億円)と、閾値50%を大きく上回ります。⑨政策保有株の縮減については、水ing株式の売却を実際に完了させた実績があります。

一方で、①PBRは1.30倍で1倍割れではなく、③支配株主・親会社は存在せず(筆頭は日本マスタートラスト信託銀行19.46%の信託口)、④役員の持株は151,000株(0.06%)と僅少、⑥東証の資本コスト経営要請にはBSP2030でROE10%以上・DOE3%→4%を明示して対応済み、⑦時価総額5,580億円・売買代金45億円で流動性も低くありません。ネットキャッシュの厚みという1点を除けば、該当は薄いと言えます。

🔴 本項は「買収提案が出た場合に成立しやすい構造的特徴を公開情報でいくつ満たすか」の集計であり、TOB/MBOの可能性を予想・断定するものではありません。噂・観測記事は根拠にしていません。

まとめ

日揮ホールディングスの2027年3月期第1四半期は、採算改善が本物であることを示した決算でした。売上総利益率は8.14%から12.78%へ、営業利益率は4.16%から7.76%へ。2024〜2025年3月期に2期連続の営業赤字を出したEPC遂行体制の立て直しが、数字として現れています。

ただし増益幅+56.4%をそのまま実力と読むことはできません。連結子会社の決算期変更による6ヶ月分の上乗せを除くと実質の営業利益は+37.0%、減収幅は▲16.1%ではなく▲24.5%。経常利益+132.3%のうち59.4%は為替のスイングで、会社自身が下期の反転を織り込んでいます。そして通期純利益予想460億円の43.3%は水ing株式の売却益という一過性です。

その一方で、この会社の株価は極めて特異な構成をしています。時価総額5,580億円に対しネットキャッシュ3,782億円(67.8%)、投資有価証券を加えると82.4%。市場が事業に付けている値段は1,797億円しかありません。受注残ベースDCFの理論株価1,945円は現在株価の85%で、新規受注への期待が株価に占める割合はわずか12〜17%です。三井海洋開発では同じ計算が55%だったことと比べると、市場の期待の乗り方がまるで違います。

だからこそ、受注高の通期進捗6.6%という数字の意味も変わってきます。期待が乗っていない分、受注が出なくても下値は限定されやすい一方、受注が出ても株価が素直に反応するとは限らない——これがネットキャッシュ企業のバリュエーションが抱える宿命です。株価を動かすとすれば、手元資金の使い道(成長投資2,800億円・DOEの4%への引き上げ・自己株式取得)か、大型LNG受注か、そのどちらかになります。

受注残が厚いことと、それを利益に変える力があることと、次の受注を取れることは、それぞれ別の問題です。同社は2つ目——受注残を利益に変える力——を今回の売上総利益率で示しました。1つ目の受注残は1.73年分と、同業のTechnip Energies(3.5倍)に比べれば薄い。3つ目については、通期進捗6.6%がまだ答えを出していません。今後3ヶ月では11月の第2四半期決算が、それ以降では大型LNG案件の受注可否が確認点になります。

品質★★★☆☆(36/70)/価格C(適正)という評価は、「財務は極めて強いが、成長の証明はこれから」という中立の位置づけです。判断に必要な材料は、この記事の4視点の数字にすべて置いてあります。

免責事項・ディスクレーマー

本記事は海洋エネルギー・プラントエンジニアリング関連企業に関する調査分析の情報提供を目的としたものであり、特定の銘柄の売買を推奨・勧誘するものではありません。DCF試算・マルチプル比較・レーティングは独自の前提条件に基づく推計であり、実際の企業価値や将来の株価を保証するものではありません。本セクターは原油・ガス価格、顧客の投資判断(FID)、大型案件の採算、産油国の政情・税制、為替等により業績が大幅に変動する可能性があり、単一案件の損失が業績全体を左右することがあります。投資判断はご自身の責任において、十分な情報収集と専門家への相談のうえで行ってください。

本記事の情報は記載日時点の公開情報に基づいています。筆者は本記事で言及した銘柄のポジションを保有している可能性があります。

出典:日揮ホールディングス「2027年3月期 第1四半期決算短信〔日本基準〕(連結)」「2027年3月期 第1四半期 決算概要(説明要旨付き)」「中期経営計画 BSP2030」「第40期 有価証券報告書」、EDINET、U.S. Energy Information Administration(Europe Brent Spot Price FOB)、株探(株価・信用残)、Technip Energies「H1 2026 Financial Results」、日揮ホールディングス プレスリリース「モザンビーク向け洋上LNGプラント建設プロジェクトを正式受注」。

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