「ヒューマノイドは歩けるようになったのに、なぜまだ工場で働けないのか?」——そう感じたことはありませんか。
答えの多くは「手」にあります。人の手は約27の自由度を持ち、卵をつぶさずにつまみ、ねじを指先で回し、工具を持ち替えます。これを手のひらサイズの機械で再現するのは、ロボット工学で最も難しい課題のひとつです。
この記事では、フィジカルAIのロボットハンドが「どんな工程で作られるのか」を7つのステップで整理し、各工程で何が壁になっているのか、そこに関わる日本企業はどこかを解説します。
読み終える頃には、ロボットハンドのニュースを見たときに「どの工程の、どの課題を解いた話か」を自分で判断できるようになっているはずです。
本記事はフィジカルAI特集の「ロボットハンド編」です。部品の全体像はサプライチェーン編、関節やセンサーの基礎はエッジ半導体と身体編もあわせてどうぞ。目的は技術と関連企業の整理であり、個別の投資推奨ではありません。
なぜ「手」がフィジカルAIの最難関なのか
歩行や腕の動きは、大きな関節を数十個制御すれば実現できます。ところが手は、小さな空間に多数の関節・モーター・センサーを詰め込み、しかも壊れずに何百万回も動かなければならない部位です。
| 指標 | 数値 | 出所・注記 |
|---|---|---|
| 人の手の自由度 | 約27 | 一般的な参照値 |
| 市販・試作ハンドの自由度 | 6〜25程度 | 中国製の普及品は6前後、高性能品は20以上 |
| ハンドがヒューマノイド原価に占める比率 | 約15〜20% | China Humanoid Robotics Tracker。Optimusでは約14%との推計(西部証券) |
| ハンド1個の世界平均価格(2024年) | 約7,960ドル | 同上。中国の主流品は5〜10万元、将来は0.5〜3万元へ |
| 一般的なハンドの指先力 | 1〜2kgf程度 | ホンダ説明。人の男性は約6kgf |
1台あたりの原価の2割近くを占め、しかも性能差が「その仕事をこなせるか」を直接左右する——だからこそ各社がハンドに巨額を投じています。テスラはOptimus第3世代でハンドを大幅に作り直したと伝えられ、ホンダは2026年に独自の多指ハンドを公開しました。
ロボットハンドができるまで——7つの工程
ここからは工程ごとに「何をするのか」「何が壁か」「誰が関わるか」を見ていきます。
①要求定義——「何でもできる手」は作れない
最初に決めるのは用途です。段ボールをつかんで運ぶだけなら、指2〜3本・自由度6前後のシンプルなハンドで足ります。部品の組み付けや工具の操作まで求めるなら、20以上の自由度と強い指先力、細かな触覚が必要になります。
壁になるのは、「力」「精度・速さ」「小ささ・軽さ」の3つを同時に満たせないことです。強いモーターは大きく重く、小さなモーターは力が出ません。手が重くなれば腕や肩の負担が増え、バッテリーも早く減ります。どこで割り切るかの設計判断が、そのまま製品の性格を決めます。
②機構設計——4つの駆動方式のトレードオフ
| 駆動方式 | 仕組み | 長所 | 短所 |
|---|---|---|---|
| モーター直結 | 指の関節ごとに小型モーターを内蔵 | 応答が速く、保守しやすい | 指に入るモーターが小さく、力が出にくい |
| リンク | 棒と関節の連結で指を曲げる | 丈夫で精度が高い | かさばり、指の形が限られる |
| 腱(ワイヤ) | 前腕のモーターからワイヤで指を引く | 指が軽く細い。大きな力を出せる | 摩擦・伸び・断線。制御が難しい |
| ギア | 歯車列で指を独立駆動 | 減速比を大きく取れる | 複雑・重い・高価・壊れやすい |
いま高性能ハンドの主流になりつつあるのが腱駆動です。特許情報によると、テスラOptimus第3世代のハンドは手首を含め約22自由度で、モーターを手から前腕へ移し、1本の指につき3本の腱で動かす構造とされます。手を軽くでき、熱のこもるモーターを広い前腕に置ける利点があります。
一方で腱には、繰り返し引っ張ると少しずつ伸びて(クリープ)位置がずれる、滑車との摩擦ですり減る、手首を曲げると隣の腱の長さが変わり指が勝手に動く、といった弱点があります。ホンダの技術者も、腱駆動は「ワイヤの伸びや摩擦で制御精度が落ち、切断による耐久性にも課題がある」と説明しています。
この壁に独自機構で挑んだのが本田技研工業(7267)です。2026年6月に公開した多指ハンドは独自の伝達機構「Willow Drive」を採用し、人の手サイズで20自由度・モーター18個を実装しながら、指先力は最大12kgfと人の約2倍。M1.6の小ねじを回し、針穴に糸を通す器用さを示しました。モーターは前腕に置きつつ、ワイヤ駆動の弱点を避ける設計とされます。
③駆動部品——小さく、強く、たくさん
1つのハンドに十数〜数十個のモーターと減速機が入ります。求められるのは、指の太さに収まる小ささと、ものをしっかり握れるトルクの両立です。中国では小型のコアレスモーターが主流で、ブラシレスモーターが追いかける構図です。
日本勢の動きとして注目なのが、ミネベアミツミ(6479)とハーモニック・ドライブ・システムズ(6324)の協業です。両社はCES 2026で、減速機を内蔵したマイクロアクチュエーターを使う多指ハンドの試作機を公開しました。ベアリングを107個搭載し、ひずみセンサーで硬いものと柔らかいものを見分けて握り方を変え、1本の指で約5kgを持ち上げられるとしています。ミネベアミツミはハンドそのものを売るのではなく、「ハンドに入る部品」を売るための見本と位置づけています。
小型モーターではマブチモーター(6592)やニデック(6594)も候補です。非上場では、指の内部に組み込める超小型モジュール「D-Drive Module」をダブル技研が2026年7月に発売しました。
ここでの課題は、高精度な小型ベアリングや潤滑剤、研削装置への依存と、微小部品の手組みです。中国の調査レポートも、高級ベアリング・潤滑剤・研削設備を輸入に頼っている点をボトルネックに挙げています。裏を返せば、この領域は日本の精密部品メーカーが強みを持つ分野です。
④センサー——最大のボトルネックは「触覚」
人はものに触れた瞬間、硬さ・滑り・温度を感じて力を調整します。ロボットハンドで最も遅れているのがこの触覚です。方式は抵抗式・静電容量式・光学式・磁気式の4つが競っていますが、柔らかさ・解像度・反応速度・低コストを同時に満たす技術はまだありません。
それでも進歩は速く、Optimus第3世代のハンドは触覚の検出点が94か所とされ、指先1本に1,000画素以上を持つ製品も出てきました。センサー単価も、5年前の輸入品の10万元超から、中国製では199元程度まで下がったと報告されています。
ホンダのハンドは分布型の触覚センサーと6軸力覚センサーを載せ、関節ごとのトルク制御に対応しています。カメラで指先を見る「視触覚」の研究も国内ロボットメーカーで進んでいます。電子部品では、センサーやアンテナを持つ村田製作所(6981)、イメージセンサーのソニーグループ(6758)が関わりの深い企業です。
⑤配線・皮膚・外装——見落とされがちな耐久性の壁
指は1日に何千回も曲がります。そのたびに内部の配線も折れ曲がり、皮膚はこすれます。断線しにくい細いケーブル、小型コネクタ、すり減りにくく触覚を妨げない皮膚素材は、地味ですが故障率を決める部品です。米1XのヒューマノイドNEOは、腱駆動の25自由度ハンドで防水・防じん等級IP68をうたっています。
中国の調査レポートは、皮膚・筋肉・骨の機能を同時に満たす複合材料がまだないことを未解決課題に挙げています。配線や素材は、住友電工のような電線メーカーや、日本の素材メーカーが力を発揮できる余地のある領域です。
⑥制御・学習——「器用さのデータ」が足りない
機械が完成しても、それだけでは器用に動きません。人の手は無意識に複雑な調整をしているため、プログラムで一つひとつ書くのは不可能に近いからです。そこで今の主流は、人が手袋型デバイスで実演した動きと触覚をデータとして集め、AI(VLAモデル)に学ばせる方法です。
- 村田製作所は2026年9月、グローブ型デバイスのMelt Interfaceと提携し、同社の「ContactGlove3 Pro」に小型・高感度の3軸LFアンテナが採用されました。5本の指の位置と姿勢を測り、熟練者の作業を学習データにする用途を想定しています。
- 中国Wuji Technologyのデータグローブは526点の触覚を毎秒120回取得でき、国内代理店のHumansXが2026年10月に販売とデータ収集の受託を始めました。
- ホンダはCEATEC 2026で、AIが操作者の意図を推定して指先を自動補正する遠隔操作を実演しました。AI支援なしではねじを持ち替える際に落としましたが、支援ありでは落とさずに狭いねじ穴へ挿入できたといいます。2030年までの実用化を視野に入れています。
課題は、柔らかいもの・壊れやすいもの・初めて見る環境への対応力(汎化)がまだ弱いことです。歩行のようにシミュレーションだけで学ぶのが難しく、実世界の触覚データが決定的に不足しています。VLAモデル編で触れたように、現場データを持つ企業がここで優位に立ちます。
⑦耐久試験・量産——「研究室の手」から「工場の手」へ
最後の壁が量産です。ロボットハンドの平均故障間隔は、まだ産業用自動化機器の水準に届いていません。テスラの特許は数百万回の動作サイクルと、安く作れる単純な部品を目標に掲げています。腱は消耗品として定期交換が前提になるため、「腱の寿命」「交換にかかる時間」が導入企業の評価項目になりつつあります。
コストでは中国勢が先行しています。中国の灵心巧手(LinkerBot)は高自由度ハンドで世界シェア8割超、月1,000個以上を量産できる唯一のメーカーとされ、2026年に5万〜10万個を計画しています。主流品の価格は5〜10万元で、0.5〜3万元へ下がる見通しです。微小ギアや腱、配線の組立が手作業に頼っていることが品質ばらつきの原因で、組立の自動化が量産の鍵になります。
工程別の課題と日本企業の整理
| 工程 | 主な課題 | 関わる日本企業(上場) |
|---|---|---|
| ②機構設計 | 力・精度・小型軽量の両立、腱の伸び・摩擦 | 本田技研工業(7267) |
| ③駆動部品 | 指に入る小ささと高トルク、微小部品の手組み | ミネベアミツミ(6479)、ハーモニック(6324)、マブチ(6592)、ニデック(6594) |
| ④センサー | 触覚の解像度・柔軟性・コスト | 村田製作所(6981)、ソニーG(6758) |
| ⑤配線・皮膚 | 断線、皮膚の摩耗、防水 | 住友電工(5802)ほか素材・電線メーカー |
| ⑥制御・学習 | 器用さの学習データ不足、汎化 | 村田製作所(データグローブ部品)、ホンダ(AI支援遠隔操作) |
| ⑦量産 | 耐久性、組立自動化、中国勢との価格競争 | ファナック(6954)・安川(6506)など自動化設備側 |
※各社の関与度合いは公開情報に基づくInfojuggle編集部の整理で、ハンド事業が業績に占める比率はいずれもまだ小さい点に注意が必要です。
ロボットハンドのニュースを見る3つの物差し
①「指先力」と「耐久回数」が数字で出ているか。自由度の多さは目を引きますが、現場で使えるかどうかは握る力と壊れにくさで決まります。市販品の多くが1〜2kgfの中で、数値を開示して比較できるかが本気度の目安です。
②触覚とデータ収集の仕組みがセットか。機械だけ優れていても、学習データがなければ器用には動きません。ハンドとデータグローブ、遠隔操作、現場データをセットで持つ企業は強い立場にあります。
③完成品か、部品か。ハンド完成品は中国勢との価格競争が激しくなります。日本企業の多くは、ミネベアミツミのように「どのハンドにも入る部品」で勝負する方が、量産時代の恩恵を受けやすいと考えられます。
まとめ——手を制する者がフィジカルAIを制する
ロボットハンドは、①要求定義→②機構設計→③駆動部品→④センサー→⑤配線・皮膚→⑥制御・学習→⑦耐久・量産の7工程で作られ、どの工程にもまだ大きな壁が残っています。特に触覚、学習データ、耐久性の3つは、ヒューマノイドが工場や家庭で本格的に働けるかを左右する未解決課題です。
日本勢はホンダの独自機構、ミネベアミツミとハーモニックのマイクロアクチュエーター、村田の計測部品など、精密さと耐久性が問われる工程で存在感を示しています。ハンドのニュースが出たら「7工程のどこの話か」「どの課題を解いたのか」を当てはめてみてください。
主な出典
- ロボスタ「ホンダが新型のロボット多指ハンドを一般公開」(2026年6月1日)
- MONOist「ホンダの多指ハンドは力強く器用、AI支援で分身ロボットを意のままに遠隔操作:CEATEC 2026」(2026年10月23日)
- EE Times Japan「高速にパペットを操る!107個のベアリング搭載ロボットハンド:CES 2026」(2026年1月20日)
- EE Times Japan 村田製作所とMelt Interfaceの提携に関する記事(2026年9月30日)
- ロボスタ「WUJI TECH製品の国内販売に向けてHumansXが正規代理店に」(2026年10月6日)
- China Humanoid Robotics Tracker「The State of Robot Hands in China」
- Humanoid.guide「Tendon-Driven Humanoid Hands」
【免責事項】本記事は情報提供およびフィジカルAI関連技術・銘柄の整理を目的としたものであり、特定銘柄の売買を推奨する投資助言ではありません。記載内容は2026年10月27日時点の公開情報に基づきますが、正確性・完全性を保証するものではありません。製品仕様・推計値は出所により異なり、特許に基づく記述は実際の製品仕様と異なる場合があります。投資判断はご自身の責任で行ってください。