「ロボットは、どこで練習しているの?」——世界モデルという頭脳の話の次に出てくるのが、この疑問ではないでしょうか。
実機で何百万回も失敗させるのは、時間もコストも危険も大きすぎます。だからこそ、現実そっくりの仮想空間でAIを鍛えるシミュレーション基盤(Sim2Real)が、フィジカルAIの土台になります。
この記事では、フィジカルAI4層のうち②シミュレーション基盤(仮想の練習場)に的をしぼり、Omniverse・Isaac Simといった技術に関わる日本の上場企業を主役に、事業・技術・提携・直近の発表を「銘柄目線」で解剖します。
読み終える頃には、「デジタルツイン」「Sim2Real」というニュースが、どの日本株の話なのかを自分で当てはめられるようになっているはずです。
なぜ今「JAPAN AI×フィジカルAI」に注目するのか
その理由は、NVIDIA創業者のジェンスン・フアンCEO自身の言葉に凝縮されています。まずはこの短いクリップをご覧ください。
ポイントは2つ。ひとつは「AIの主権(ソブリンAI)」——国家の頭脳となるデータと技術を自国で持つべきだという主張。もうひとつは「フィジカルAIが現実になった」という宣言です。この2つが交わる場所こそ日本の製造業=JAPAN AIであり、本シリーズが日本株を主役に据える理由です。本稿はその第2弾、「仮想の練習場」の回です。
本記事はフィジカルAI解説記事から派生した「JAPAN AI分解シリーズ」の第2弾です。第1弾①世界モデル編もあわせてどうぞ。③VLAモデル、④エッジ半導体と身体は別記事で扱います。目的は関連銘柄のあぶり出しであり、個別の投資推奨ではありません。
Sim2Realとは何か——30秒で
Sim2Real(シム・トゥ・リアル)とは、仮想空間(シミュレーション)で学んだ成果を、現実(リアル)の実機に移す手法のことです。
現実そっくりの仮想空間=デジタルツインを作り、そこでロボットに何百万回も練習させます。重力・摩擦・物のはね方・光の反射まで物理法則どおりに再現できるので、実機を壊す心配なく、しかも現実の何千倍もの速さで強化学習を回せます。仕上がったAIを本物のロボットにダウンロードすれば、初日から上手に動く——これがSim2Realの狙いです。
この練習場を作るための代表的な道具が、NVIDIAのOmniverse(オムニバース)とIsaac Sim(アイザック・シム)。加えて、富士通らの協調制御基盤には物理エンジンNewton(ニュートン)も採用されています。フィジカルAI4層の下から2番目、頭脳(世界モデル)と身体(実機)をつなぐ「訓練レイヤー」です。
なぜシミュレーション基盤が「勝負どころ」なのか
フィジカルAI最大の希少資源は「動作データ」です。文章AIはネット上の膨大なテキストで学べましたが、「物をつかむ」「組み立てる」という動作データはネットにほとんど存在しません。実機で集めるには大量のロボット導入が必要で、導入には安さが必要で、安くするには量産が必要で……という「データのデッドロック(堂々巡り)」に陥ります。
シミュレーション基盤は、この輪を断ち切る装置です。仮想空間で人工的に動作データを大量生産し、世界モデル(Cosmos)と組み合わせることで、現実に一台もロボットを置く前から学習を進められます。ただし壁もあります。仮想で完璧でも現実には摩擦・照明・微妙な誤差があり、そのままでは動かない——この「Sim2Realギャップ」を埋める技術と、現実を忠実に再現する高品質な練習場づくりこそ、日本企業が価値を出せる領域です。
シミュレーション基盤に関わる日本の上場企業マップ
Deep Research調査とNVIDIAの発表をもとに、②シミュレーション基盤(Sim2Real)に関連する主な日本の上場企業を整理しました。「どの持ち場で練習場づくりに関わるか」で並べています。
| 企業 | コード | 市場 | シミュレーション基盤での持ち場 |
|---|---|---|---|
| 理経 | 8226 | スタンダード | Isaac SimでのSim2Real実装支援(Franka FR3・ROS 2連携) |
| マクニカHD | 3132 | プライム | NVIDIA代理店。自社倉庫をOmniverseでデジタルツイン化 |
| リョーサン菱洋HD | 167A | プライム | NVIDIA正規代理店。Jetson展開+Sim2Real実証イベント主催 |
| シリコンスタジオ | 3907 | スタンダード | 3DCGでSim2Real訓練場を構築(元NVIDIA幹部がCPAIO) |
| 富士ソフト | 9749 | プライム | Isaac Sim/Omniverse対応のロボットシミュレータ構築支援 |
| 富士通 | 6702 | プライム | 協調制御基盤でOmniverse・Isaac・Newtonを全面採用 |
| ファナック | 6954 | プライム | 協調制御基盤。自社ロボットをシミュレーション標準部品化 |
| 安川電機 | 6506 | プライム | 協調制御基盤でSim2Realワークフローを検証 |
| 川崎重工業 | 7012 | プライム | 協調制御基盤に参画 |
| ソフトバンク | 9434 | プライム | Omniverse・Isaac SimでフィジカルAI開発基盤を構築 |
このほか、非上場のPreferred Networks・Mujin(統合基盤MujinOSでCosmos活用を検証)なども練習場レイヤーの有力プレーヤーです。上場銘柄を追ううえでも、これら非上場勢は提携先として押さえておきたいところです。
純度の高い「練習場」プレーを解剖
理経(8226)——Isaac SimのSim2Real実装を見せた先兵
理経は、国際ロボット展などの大型イベントでIsaac SimからのSim2Realを具体的に実演した会社です。Isaac Sim内でキューブを動かすと、仮想のロボットアームが追従し、その関節角度データがリアルタイムでROS 2(Robot Operating System 2)ノードへ送られ、物理空間のFranka Robotics製アーム「FR3」が同じ動作を精密に再現する——という一連のワークフローを示しました。
技術の視点:Sim2Realで生じる2つの壁に、理経は具体解を示しています。ひとつは座標変換の丸め誤差。シミュレータ・ROS 2・実機で座標系が違うため数ミリのズレが出るところを、誤差をゼロにしにこだわらず、カメラ映像による模倣学習で自己補正する方針。もうひとつは照明条件の不一致で、Isaac Simの「Physical Light」に光量(カンデラ値)を直接入力し、現実の照明を数値で再現して過学習を防ぐ工夫です。制御のリアルタイム化にはJetson Orinを用います。後述のリョーサン菱洋らと共催で、Sim2Real・ヒューマノイドをテーマにした実証イベントも展開しています。
マクニカHD(3132)——倉庫まるごとデジタルツイン化
NVIDIA正規代理店であるマクニカは、自社倉庫のCADデータをUSD(Universal Scene Description)形式にエクスポートし、Omniverse上に極めてリアルなデジタルツインを構築しました。その仮想倉庫内で、Jetson AGX Orin搭載の自律走行搬送車(AGV)を自動制御で走らせ、仮想カメラのセグメンテーション画像を自動でデータセット化。人物の脚だけが映り込んだ場合でも停止・回避できる高度な安全行動モデルを、実機を動かさずに作り上げた点がポイントです。半導体商社としての目利きと実装力を、そのまま練習場づくりに転用しています。
リョーサン菱洋HD(167A)——Jetson供給と実証の場の胴元
旧菱洋エレクトロと旧リョーサンの経営統合で誕生したリョーサン菱洋は、NVIDIAの正規代理店としてJetson Orin開発者キットなどを展開。単に部品を売るだけでなく、理経らと共催でSim2Realやヒューマノイドをテーマにした大型実証イベントを主催し、練習場エコシステムの「胴元」を担っています。フィジカルAIの裾野が広がるほど、Jetsonと実証の場の需要は積み上がります。
シリコンスタジオ(3907)——3DCGを武器に「訓練場の施工業者」へ
ゲーム向けリアルタイム3DCG技術を25年磨いてきたシリコンスタジオは、2026年5月12日、元NVIDIAエンタープライズマーケティング本部長の林憲一氏を最高フィジカルAI責任者(CPAIO)に迎え、フィジカルAIシミュレーション基盤事業を本格始動しました。狙いはまさにSim2Realの練習場づくり。日本の工場や設備を仮想空間に忠実に再現するには3DCGアーティストの技術が不可欠で、国内でこの層は薄い——ここに参入障壁と勝機があります。
両論併記(要注意点):テーマ性は際立つ一方、足元の業績は重い点も押さえておきたいところです。2026年5月の発表直後は株価がストップ高買い気配となりましたが、直近四半期は大型案件の端境期・3DCG制作の遅延で営業赤字を計上しています。「構想と受託実績のどちらが先に伸びるか」が試金石です。
富士ソフト(9749)——ロボットSIとしてのシミュレータ構築支援
独立系システムインテグレーターの富士ソフトは、NVIDIA Omniverse Isaac Sim・Unity・Gazebo・Unreal Engineに対応したロボットシミュレータ/デジタルツイン環境の構築支援を手がけています。世界モデルや実機を持たなくても、「練習場を設計・構築する受託」で関われる立ち位置で、フィジカルAI案件が増えるほど引き合いが広がるSIタイプです。
大手の「協調制御基盤」もSim2Realが核心
①世界モデル編でも触れた富士通主導の協調制御基盤は、②シミュレーション基盤の観点でも中心的存在です。この基盤にはNVIDIA Cosmos世界基盤モデルに加え、Omniverse・Isaacオープンプラットフォーム・Newton物理エンジンが組み込まれ、AIモデル開発・デジタルツイン・ロボット学習・Sim2Realワークフロー・導入前検証を一気通貫で支えます。ファナックは自社ロボットをシミュレーションの「標準部品」にする布石を打ち、安川・川崎重工も参画。ソフトバンクもOmniverse・Isaac SimでフィジカルAI開発基盤を独自に構築しています。頭脳(Cosmos)と練習場(Omniverse/Isaac)はセットで動く、と理解しておくとニュースが読みやすくなります。
シミュレーション基盤の銘柄を見る3つの物差し
①現実を忠実に再現できるか(Sim2Realギャップを詰められるか)。照明・摩擦・誤差をどこまで数値で作り込めるかが練習の質を決めます。理経のPhysical Light活用や、マクニカのUSDデジタルツインはその実例です。
②データを自動で生み出せる仕組みを持つか。仮想カメラのセグメンテーションから学習データを自動生成できれば、データのデッドロックを回すことなく学習を進められます。「練習場=データ工場」として設計できているかが鍵です。
③受託で終わらず「部品・ライブラリ化」まで進めるか。個別の現場を作り込む受託は一過性になりがち。日本の設備・工場を標準部品としてライブラリ化できれば、横展開でストック収益に変わります。シリコンスタジオや富士ソフトの評価軸はここにあります。
まとめ——「練習場」を制する者が動作データを制す
シミュレーション基盤は、頭脳(世界モデル)と身体(実機)の間で、フィジカルAI最大の希少資源「動作データ」を生み出す訓練レイヤーです。Omniverse・Isaac Sim・Newtonという共通の道具に、理経・マクニカ・リョーサン菱洋・シリコンスタジオ・富士ソフトといった日本勢が、それぞれの持ち場(実装支援・デジタルツイン・部品供給・3DCG・SI)で関わっています。
銘柄目線では「再現度」「データ自動生成」「ライブラリ化」の3点が実戦的な物差しです。次回③では、この練習場で鍛えたAIが実際に見て・聞いて・動くVLAモデルの日本株を分解します。ニュースが出たら「これは練習場の話か、動く脳の話か」を当てはめてみてください。
【免責事項】本記事は情報提供およびフィジカルAI関連銘柄の整理を目的としたものであり、特定銘柄の売買を推奨する投資助言ではありません。記載内容は2026年7月時点の公開情報に基づきますが、正確性・完全性を保証するものではありません。企業の関与度合いや業績は各社の状況により変動します。投資判断はご自身の責任で行ってください。