ニコン7731|赤字転落の露光装置を7軸分析

「半導体露光装置といえばASML」——その陰で、もう一つの老舗が成熟ノードと先端パッケージングに活路を探っています。

ニコン(7731・東証プライム)は、ArF液浸・KrF・i線スキャナを擁する露光装置メーカーですが、最先端のEUVは持ちません。その結果、金額ベースの世界シェアは約2.5%にとどまります。

この記事では、EDINET有価証券報告書・決算短信・業界データをもとに、半導体装置事業の位置づけ・受注動向・カタリスト・バリュエーション・7軸レーティングを独自に整理します。

読み終える頃には、2026年3月期に巨額減損で営業赤字へ転落した同社株を「どう評価すべきか」の判断軸が手に入るはずです。

【需要ドメイン: 成熟ノード半導体(電源IC・アナログ・車載)|副次: AI半導体の先端パッケージング露光(FOPLP)/FPD(ディスプレイ)】

なお、本記事は調査分析の情報提供であり、投資判断の最終責任は読者にある。

目次

独自レーティング: ★★☆☆☆(33/70点・慎重)

評価軸 スコア 根拠
①成長性 5/10 FY2027/3は売上7,400億円(+9%)・営業益100億円へ黒字転換予想。成熟ノード増産・FOPLP向けDSP-100に成長余地はあるが、EUV非参加で最先端ロジックの成長を取り込めない
②収益性 3/10 FY2026/3は営業損失▲1,124億円・最終赤字に転落(減損が主因)。精機事業は営業赤字、ROEは低迷。映像・ヘルスケアが支える構造
③バリュエーション 4/10 会社予想PERは60倍超と割高。コンセンサス目標株価1,636円は現値を下回る。PBR約1.1倍・実質ネットキャッシュが下値の支え
④需給ポジション 5/10 装置セクターへの資金流入は続くが、AI最先端の中心はEUV関連で同社は物色の周縁。配当(実績50円・利回り約2%台)が下支え
⑤競争優位性 5/10 露光装置の金額シェア約2.5%と構造的劣位だが、FPD露光はキヤノンと世界75%超を寡占。マスクレス露光DSP-100・ASML互換液浸機で差別化を狙う
⑥カタリスト 5/10 8月の1Q決算で黒字化の確度、SEMICON West/Japan、DSP-100商談、2028年度のArF液浸新機種。半年で複数の材料はあるが決め手に欠ける
⑦リスク耐性 6/10 自己資本比率約57%・現預金潤沢で財務は健全。一方で業績ボラティリティが大きく、中国依存・減損歴・為替/関税が下振れ要因

※本レーティングは公開情報に基づく独自の定量評価であり、投資判断を推奨するものではありません。

会社概要 & セクター位置づけ

証券コード 7731(東証プライム)
セクター分類 製造装置(半導体・FPD露光装置)/精密機器
設立 1917年(日本光学工業として設立)
従業員数 約20,069名(連結)
株価 約1,960円(2026年6月中旬時点・直近1,850〜1,960円のレンジ)
時価総額 約6,540億円
発行済株式数 333,585,686株
PER(会社予想ベース) 約60倍超(FY2027/3予想益ベース)
PBR 約1.1倍
配当(実績) 50円(利回り約2%台)
コンセンサス目標株価 1,636円(みんかぶ・現値比約▲16%)

出所: EDINET DB、みんかぶ、株予報Pro(2026年6月時点)。株価は日次で変動するため、最新値は各証券会社サイトで要確認。会社予想PERは黒字転換予想(最終利益約100億円)ベースで高水準となる。

事業セグメント構成(2026年3月期・売上収益)

セグメント 売上収益 構成比 位置づけ
映像事業(カメラ) 約2,901億円 約43% 最大の収益柱(ミラーレス)
精機事業(半導体・FPD露光) 約1,673億円 約25% ← 本調査の中心。前期比▲17%・営業赤字
ヘルスケア事業 約1,119億円 約17% 顕微鏡・眼科・細胞創薬。成長領域
コンポーネント事業 約762億円 約11% 光学部品・EUV関連部材等
デジタルマニュファクチャリング 約281億円 約4% 金属3Dプリンタ(SLM)。当期大型減損

出所: ニコン2026年3月期決算短信・セグメント情報。半導体露光装置はFPD露光とともに精機事業を構成し、全社売上の約4分の1。会社の利益源は実質的に映像・ヘルスケア・コンポーネントであり、半導体装置はシクリカルかつ当期は赤字だった点を押さえたい。

微細化・高性能化における技術的強み

半導体露光装置は、回路パターンを描いたマスクの像をウェハ上に転写する「半導体製造の心臓部」である。波長が短いほど微細なパターンを描けるため、業界はi線(365nm)→KrF(248nm)→ArF(193nm)→ArF液浸→EUV(13.5nm)へと進化してきた。最先端ロジック(2nm/3nm)はEUVが必須で、ここはASMLが事実上独占している。

ニコンはEUVを持たず、ArF液浸・ArFドライ・KrF・i線で勝負する。したがって主戦場は成熟ノード・レガシー(電源IC、アナログ、車載、ディスプレイドライバ)、中国向け、そしてロジックの後段(BEOL)・先端パッケージングの後工程となる。台数ベースでは2030年でもArF液浸・KrFが需要の大半を占めるとの見立てが、同社戦略の根拠だ。

差別化の切り札が2つある。第一に、後工程のアドバンストパッケージング向けデジタル露光装置「DSP-100」(2025年7月受注開始、2027年度発売予定)。マスクを使わず空間光変調素子(SLM)で描画するマスクレス方式で、600mm角の大型パネルに対応し、設計変更に柔軟。AIチップ実装で急成長するFOPLP(ファンアウト・パネルレベルパッケージ)市場を直接狙う。第二に、ASMLのフォトマスクを流用できるASML互換のArF液浸機を半導体メーカーと共同開発し、2028年度の出荷を計画。顧客の混流ラインへの食い込みを図る。いずれもEUVを「迂回」して成長領域に接続しようとする発想である。

需要ドメイン分類

ドメイン 位置づけ ニコンの接点
成熟ノード半導体 主要ドメイン i線/KrF/ArF液浸で電源IC・アナログ・車載・中国レガシー増産に対応
AI半導体(先端パッケージング) 副次ドメイン(成長期待) DSP-100でFOPLP(AIチップ実装)の後工程露光を狙う
FPD(ディスプレイ) 副次ドメイン FPD露光でキヤノンと世界75%超を寡占。OLED大型化が追い風
最先端ロジック(2nm級) 非参加 EUV非保有のため取り込めない(ASML独占領域)

AIブームの最先端(EUV)はASMLが押さえるため、ニコンの受益は「AIに伴う成熟ノード増産」と「先端パッケージング露光」という間接・周縁ルートが中心となる。この距離感が、同じ装置株でも東京エレクトロンやレーザーテックとの決定的な違いである。

業績推移(5期+今期予想)

決算期 売上収益 営業利益 純利益 ROE
FY2022/3 5,396億 499億 427億 7.5%
FY2023/3 6,281億 549億 449億 7.4%
FY2024/3 7,172億 398億 326億 5.0%
FY2025/3 7,153億 24億 61億 0.9%
FY2026/3(実績) 6,772億 ▲1,124億 赤字
FY2027/3(会社予想) 7,400億 100億 約100億

出所: EDINET有報(FY2022〜FY2025/3)、ニコン2026年3月期決算短信。FY2026/3の営業損失▲1,124億円は、デジタルマニュファクチャリング(金属3Dプリンタ/SLM)の減損約990億円超と、半導体露光装置関連の減損・在庫評価損113億円(販売未達による減損58億円+在庫評価損56億円)が主因。すなわち損失の大半は一過性の減損であり、本業は概ね損益分岐圏。FY2027/3は減損影響の剥落と露光装置の販売台数増で黒字転換を見込むが、メモリ半導体価格高騰がコスト面の逆風となる。

露光装置の競争環境 — ASML・キヤノンとの三つ巴

2024年の半導体露光装置市場は、金額ベースでASML 94.1%・キヤノン 3.4%・ニコン 2.5%。高単価のEUVを独占するASMLが金額を総取りする構図だ。一方、台数ベースではASML約6割・キヤノン32.7%・ニコン4.7%と、安価な汎用機(i線・KrF)でキヤノンが台数を伸ばしている。波長別ではi線でキヤノンが約75%と強く、ArF液浸はASMLが97%とほぼ独占。ニコンはいずれの帯域でもシェア劣位にある。

競合キヤノンは、マスクを基板に押し付けて転写するナノインプリント(NIL)を世界で初めて実用化し、EUVに頼らず微細パターンを形成する独自路線で先端・後工程の標準を狙う。これに対しニコンはNILを持たず、後工程は前述のマスクレスDSP-100で差別化する構え。ニコンの強みはFPD由来のマルチレンズ・大型基板技術と設計変更の柔軟性、弱みは先端微細化の独自切り札を欠き、後工程でもキヤノンに対し後発である点だ。

バリュエーション — アップサイド/ダウンサイド試算

FY2026/3が減損で赤字、FY2027/3が黒字転換初年度という「谷」の局面のため、単年PER・DCFは歪みやすい。ここではPBR・ミッドサイクル収益・サム・オブ・パーツ(SOTP)を併用し、現在株価約1,960円を基準にフェアバリューを試算した。

シナリオ 手法・前提 フェアバリュー 現在株価比
ベース(PBR) PBR 1.0倍 × BPS約1,640円 約1,640円 ▲16%
ブル(PBR) PBR 1.2倍(収益回復・還元強化) 約1,970円 ±0%
ベア(PBR) PBR 0.8倍(精機赤字長期化) 約1,310円 ▲33%
ミッドサイクル(PER) 正常化EPS約110円 × PER16倍 約1,760円 ▲10%
SOTP(セグメント合算) 映像・ヘルスケア・コンポーネントに各セクター倍率、精機・3Dは保守的に評価 約1,880円 ▲4%
コンセンサス目標 みんかぶ(中立優勢) 1,636円 ▲16%

出所: EDINET財務データに基づく独自試算、みんかぶ。EPS・BPS・マルチプル前提は筆者の仮定であり将来を保証しない。解釈: いずれの手法でもフェアバリューの中心は現在株価をやや下回り、コンセンサス目標も▲16%。減損は一過性とはいえ、黒字転換初年度のPERは60倍超で、株価は業績回復をかなり先取りしている。映像・ヘルスケアの安定収益が下値を支える一方、半導体装置事業の構造的劣位を踏まえると、現値からの大きな上振れ余地は限定的というのが定量的な見立てである。

セクター資金フロー分析

2026年のAI相場では、資金はEUV・HBM・テスト関連へ集中している。東京エレクトロンレーザーテックといった最先端プロセスの恩恵を直接受ける装置株が物色の中心であり、アドバンテストなどテスト関連も買われている。これに対しニコンは、EUV非参加ゆえAI最先端の資金フローからは相対的に距離があり、株価は成熟ノード需要・中国動向・自社の黒字転換シナリオに依存する。同じ「半導体装置」でも、資金の当たり方が大きく異なる点に注意したい。

東証上場 類似銘柄比較

銘柄 コード 時価総額 PBR 主要事業・差別化
ニコン 7731 約6,540億 約1.1倍 ← 調査対象。露光(成熟ノード/FPD)+映像+ヘルスケアの複合
キヤノン 7751 約5兆円超 高位 露光の直接競合。NILで先端を狙う。事務機・医療と多角化
東京エレクトロン 8035 十数兆円 高位 コータ/エッチング等で最先端プロセスを総取り。AI直結
レーザーテック 6920 兆円規模 高位 EUVマスク検査を独占。最先端依存度が極めて高い

出所: 株探・みんかぶ(2026年6月時点)。ニコンは「半導体装置の純度」が低く、映像・ヘルスケアを含む複合企業である点が他の装置株と決定的に異なる。PBR約1.1倍はPeer内で最も低く、それは成長期待の差(EUV最先端への近さ)を映している。半導体装置単独で評価される東エレ・レーザーテックとは、需給・バリュエーションの両面で性格が異なる。

受注動向・販売計画

ニコンは月次受注を開示しないが、四半期決算で精機事業の状況を確認できる。FY2026/3は半導体露光装置の一部販売計画が下期に後ろ倒しとなり、通期で売上▲30億円・営業益▲5億円の下方修正を実施。中国需要の減速と競争激化で精機事業は営業赤字に沈んだ。FY2027/3は露光装置の販売台数増を黒字転換の前提に置いており、四半期ごとの販売台数・受注の回復ペースが最重要の確認ポイントとなる。なお装置の受注は半導体メーカーの設備投資の先行指標であり、成熟ノード(特に中国レガシー)の増産投資の持続性が鍵を握る。

地政学・規制リスク

米BISは2024年にレガシー含む装置・DUV・マルチパターニングへ輸出規制を拡大したが、最先端を生産しない工場向けには一定の例外(RFF)を設け、レガシー装置の対中輸出に余地を残した。ニコンは規制に抵触しない成熟技術の新製品を投入して中国を開拓しており、旧世代i線機への引き合いが急増。中国向け売上は連結の1割台後半とされ、一時は4割に達した時期もあった。これは機会とリスクの表裏で、中国の成熟ノード大増産は追い風だが、規制強化や中国の装置内製化進展、突発的な発注停止は精機事業を直撃しうる。加えて米関税・円相場も映像事業を中心に損益を揺らす。

財務リスク分析

財務基盤は自己資本比率約57%と健全で、現預金も潤沢。巨額減損は非現金費用であり、営業キャッシュフローは黒字を確保している。ただし、(1)金属3Dプリンタ事業(SLM Solutions、2023年買収)で約990億円の減損を計上し、買収時の成長前提が崩れたこと、(2)精機事業の在庫評価損・販売未達による減損、(3)在庫水準の高止まり、(4)FY2027/3はメモリ半導体価格高騰がコスト増要因となること——が留意点。新中期経営計画では2031年3月期までに半導体製造装置・宇宙防衛・カメラの成長領域へ5年で約3,500億円を投資する方針で、投資負担と回収の見極めが今後の収益性を左右する。

カタリストカレンダー(向こう6ヶ月)

時期 イベント インパクト
2026年8月上旬 ニコン FY2027/3 第1四半期決算(黒字転換の確度・露光販売台数) ★★★★★
2026年10月13〜15日 SEMICON West 2026(WFE・成熟ノード設備投資の方向感) ★★★☆☆
2026年11月上旬 ニコン 第2四半期(中間)決算 ★★★★☆
2026年12月9〜11日 SEMICON Japan 2026(DSP-100など後工程露光の商談進捗) ★★★☆☆
随時 ASML・東エレク等の四半期決算(成熟ノード地合いの波及) ★★★☆☆

出所: 各社IR・SEMI公表資料からの推定。決算の正確な日付はTDnet・ニコンIRで最終確認を推奨。最大の焦点は8月の1Q決算で、黒字転換シナリオが計画通り立ち上がるかが株価の分岐点となる。

まとめ

ニコンは、EUVを持たないがゆえにAI最先端の本流からは外れつつ、成熟ノード・先端パッケージング露光・FPDという周縁領域で再成長を描く露光装置メーカーである。マスクレスのDSP-100やASML互換液浸機といった差別化の種はあるものの、露光装置の金額シェアは約2.5%にとどまり、構造的な劣位は否めない。会社の利益を実際に支えているのは映像・ヘルスケア・コンポーネントであり、半導体装置はシクリカルで、2026年3月期は巨額減損で営業赤字に転落した。

FY2027/3は減損剥落と露光販売台数増で黒字転換を見込むが、予想PERは60倍超と回復を先取りし、コンセンサス目標株価1,636円は現値を約16%下回る。強気材料(成熟ノード需要の底堅さ・FPD寡占・3,500億円の成長投資・実質ネットキャッシュ)と弱気材料(EUV非参加の構造劣位・中国依存・業績ボラティリティ・割高なバリュエーション)が併存し、現時点では後者がやや優勢——この判断から、独自レーティングは★★☆☆☆(33/70点・慎重)とした。8月の1Q決算で黒字転換の確度を見極めたい。

免責事項・ディスクレーマー

本記事は半導体企業に関する調査分析の情報提供を目的としたものであり、特定の銘柄の売買を推奨・勧誘するものではありません。DCF試算・マルチプル比較・レーティングは独自の前提条件に基づく推計であり、実際の企業価値や将来の株価を保証するものではありません。半導体産業は景気循環・技術変化・地政学リスク等により業績が大幅に変動する可能性があります。投資判断はご自身の責任において、十分な情報収集と専門家への相談のうえで行ってください。

本記事の情報は記載日時点の公開情報に基づいています。筆者は本記事で言及した銘柄のポジションを保有している可能性があります。

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