※ 本記事はバイオ医薬品パイプライン調査レポート一覧の一つです。
Chordia Therapeutics(コーディアセラピューティクス、証券コード190A)は、武田薬品工業からスピンアウトした小分子抗がん剤専門の創薬ベンチャーである。「RNAデレギュレーションストレス」という独自概念に基づき、がん細胞を選択的に死滅させるファーストインクラスのCLK阻害剤rogocekib(CTX-712)を主力パイプラインとして開発中だ。本記事では、2026年8月期中間決算資料・EHA2026発表データをもとに、パイプラインの開発段階・規制当局との協議状況・rNPV試算・直近6ヶ月のカタリストを独自に整理した。なお、本記事は調査分析の情報提供であり、投資判断の最終責任は読者にある。
会社概要
| 社名 | Chordia Therapeutics株式会社 |
| 証券コード / 市場 | 190A / 東証グロース(2024年6月上場) |
| 設立 | 2017年10月(武田薬品EVPプログラム第1号案件) |
| 本社 | 神奈川県藤沢市(湘南ヘルスイノベーションパーク内) |
| 代表取締役CEO | 三宅 洋 博士(元武田薬品 腫瘍薬物探索ユニットヘッド) |
| 従業員数 | 23名(うち博士号保有12名) |
| 筆頭株主 | 武田薬品工業(約15.6%) |
| 株価 / 時価総額 | 約99円 / 約75.6億円(2026年6月時点) |
| 発行済株式数 | 76,412,400株(希薄化後 約93,600,000株) |
| PBR / PER | 約3.1倍 / N/A(継続赤字) |
同社は武田薬品の研究者6名が2017年にスピンアウトして設立。RNAの生成プロセス(転写→スプライシング→輸送→分解)の各ステップを標的とする複数の小分子パイプラインを保有する。日本での自社商業化と海外ライセンスアウトを組み合わせたハイブリッド型ビジネスモデルを採用しており、京都大学・国立がん研究センターとの共同研究を軸に創薬基盤を構築している。
パイプライン進捗一覧
| 化合物名 | ターゲット | フェーズ | 適応症 | 導出状況 |
|---|---|---|---|---|
| rogocekib(CTX-712) | pan-CLK阻害 | Phase 1/2 | R/R AML、高リスクMDS、卵巣がん | 日本:自社 / 海外:導出交渉中 |
| CTX-177 | MALT1阻害 | Ph1完了(権利返還) | リンパ腫(B細胞性) | 小野薬品より権利返還。再導出交渉中 |
| CTX-439 | CDK12/13阻害 | 前臨床(IND準備完了) | 固形腫瘍・血液腫瘍 | パートナー探索中(AMED助成) |
| CRD-099 | GCN2阻害 | 探索研究 | 固形腫瘍・眼科疾患 | 千寿製薬・DWTIと共同研究 |
注目パイプライン:rogocekib(CTX-712)
作用機序
rogocekibは世界初の経口投与可能なファーストインクラスpan-CLK(CDC2-like Kinase)阻害剤である。CLKファミリー(CLK1/2/3/4)を阻害することでSRタンパク質のリン酸化を抑制し、異常スプライシングを誘導する。がん細胞はもともとRNAストレス下にあるため、CLK阻害による追加ストレスで選択的に細胞死が誘導される(合成致死アプローチ)。特にスプライシング因子変異(SRSF2等)を持つがん細胞に対して高い感受性を示す一方、変異非依存でも広範な抗腫瘍活性が確認されている。
選択性(IC50値): CLK1 0.69 nM、CLK2 0.46 nM、CLK3 3.4 nM、CLK4 8.1 nM。CLK2に対して最も強力な阻害活性を示す。
臨床試験結果
日本第1相試験(CTX-712-CL-01、完了):再発・難治性血液悪性腫瘍および固形腫瘍を対象に、週1回20〜140 mgの用量漸増を実施。AMLコホート(n=14)において以下の成績を達成した。
| エンドポイント | 結果 |
|---|---|
| 完全寛解(CR)率 | 29%(4/14例) |
| 複合完全寛解(CRc)率 | 36%(5/14例) |
| 全体奏効率(ORR) | 42.9%(6/14例) |
これらの結果は2026年1月にBlood Advances(ASH誌)に掲載され、2026年5月にはClinical Cancer Research誌に固形腫瘍コホートのfirst-in-human Phase 1全データも発表された。
米国第1/2相試験(NCT05732103、進行中):2023年2月に開始。用量漸増パートでAML 14例中4例でCRを確認。2026年2〜3月に拡張コホート(60〜70例規模)への投与を開始し、FDA Project Optimus原則に基づき複数の用量・投与スケジュールを評価中。日米累計96例の患者登録を達成(2025年8月時点)。2026年6月のEHA2026にて用量漸増データが発表された。
規制当局(PMDA/FDA)との協議状況
| 区分 | 内容 | 時期 |
|---|---|---|
| FDA Orphan Drug Designation | rogocekib、R/R AML適応で取得。承認後7年間データ保護、申請手数料免除 | 2025年1月 |
| FDA IND / Ph1/2開始 | 米国多施設共同第1/2相試験(NCT05732103) | 2023年2月 |
| FDA Project Optimus対応 | 最適用量決定原則に基づく拡張コホート設計を採用 | 2025〜2026年 |
| PMDA | 日本Ph1完了。Ph2開始に向けたPMDA相談は非公開だが、条件付き迅速承認申請を検討中との開示あり | — |
| Breakthrough / Fast Track | 公開情報では取得確認なし | — |
| AMED採択 | CTX-439(CDK12阻害剤)の前臨床研究がAMED助成金に採択 | 継続中 |
rNPV試算
前提条件
| パラメータ | 設定値 | 根拠 |
|---|---|---|
| WACC(割引率) | 12% | 小型バイオテック標準 |
| rogocekib PoS(ベース) | 20% | 腫瘍領域Ph2→承認16.5%+ODD補正+良好Ph1データ補正 |
| R/R AML TAM(米国) | $800M〜$1.2B | 患者数5,000〜8,000人×$100〜150K/年 |
| R/R AML TAM(日本) | ¥100〜150億 | 患者数2,000〜3,000人×¥500万/年 |
| rogocekib ピーク売上(日本自社) | ¥80億/年 | 国内市場シェア20%想定 |
| 海外ロイヤリティ | ¥90億/年(ピーク時) | Ex-Japan売上$400M×ロイヤリティ15% |
| 上市想定 | 2030年(日本)/2031年(米国) | NDA 2028年H2目標+審査期間 |
| R&D費用(残り) | ¥64億 | ¥16億/年×4年 |
シナリオ別rNPV試算結果
| シナリオ | PoS | rogocekib rNPV | 他パイプライン | 現預金 | 合計rNPV | 1株あたり(希薄化後) |
|---|---|---|---|---|---|---|
| ベアケース | 10% | ¥25億 | ¥2億 | ¥24億 | ¥51億 | ¥55 |
| ベースケース | 20% | ¥76億 | ¥5億 | ¥24億 | ¥105億 | ¥112 |
| ブルケース | 30% | ¥140億 | ¥10億 | ¥24億 | ¥174億 | ¥186 |
ベースケースでは1株あたりrNPV ¥112と算出され、現在の株価¥99に対して約13%のアップサイドとなる。ただしブルケース(良好な臨床データ+大型ライセンス契約締結)では¥186(約88%アップサイド)となり、バイオテック特有の高い非対称性を内包している。
世界の競合パイプライン比較
| 企業 | 化合物 | MOA | フェーズ | 差別化 |
|---|---|---|---|---|
| Chordia Therapeutics(190A) | rogocekib | pan-CLK阻害 | Ph1/2 | 世界初の臨床段階CLK阻害剤。変異非依存で広範な患者に適用可能 |
| H3 Biomedicine(エーザイ子会社) | H3B-8800 | SF3Bモジュレーター | Ph1完了 | スプライシング変異依存型。有効性限定的でPh2進展不透明 |
| Syndax Pharmaceuticals | Revumenib | Menin阻害 | 承認済/審査中 | KMT2A再構成AML限定。CRc 44%(KMT2Ar、n=57) |
| KURA Oncology | Ziftomenib | Menin阻害 | Ph1b完了 | NPM1変異AML。CR 35%、CRc 40%(n=20) |
| BlossomHill Therapeutics | BH-30236 | 未開示 | Ph1/1b | EHA2026で初期データ発表。R/R AML・HR-MDS対象 |
| デルタフライファーマ(4598) | DFP-10917 | 核酸アナログ | Ph1/2 | VEN併用でR/R AML TP53変異ニッチを標的 |
CLKを直接かつ選択的に標的とする臨床段階の化合物はrogocekibが世界で唯一である点は大きな差別化要因だ。Menin阻害剤(Revumenib、Ziftomenib)は特定の遺伝子変異(KMT2A再構成、NPM1変異)を持つAMLサブタイプ限定であるのに対し、rogocekibはスプライシング因子変異の有無に関わらず広範なAML患者に適用できる可能性がある。
カタリストカレンダー(2026年6月〜12月)
| 時期 | イベント | 詳細 | インパクト |
|---|---|---|---|
| 2026年6月11〜14日 | EHA2026(ストックホルム) | rogocekib 米国用量漸増コホートデータ発表(アブストラクト採択済) | ★★★★☆ |
| 2026年中盤 | 米国Ph1/2インテリム結果 | 拡張コホート(AML/MDS、60〜70例)の中間データ読み出し。会社が「2026年中盤」と明言 | ★★★★★ |
| 2026年下半期 | ライセンスアウト交渉 | 良好な臨床データが出た場合、海外導出交渉加速。CTX-177再導出も並行 | ★★★★☆ |
| 2026年下半期 | 条件付き早期承認申請検討 | PMDAへの日本での条件付き迅速承認申請の検討(データ次第) | ★★★★★ |
| 2026年10〜11月 | 2026年8月期決算発表 | 通期業績・財務状況・ワラント行使進捗の開示 | ★★☆☆☆ |
| 2026年12月 | ASH 2026 | 拡張コホートデータのASH発表の可能性(abstract締切は通常8月) | ★★★★☆ |
最大のカタリストは2026年中盤に予定される米国拡張コホートのインテリムデータ発表だ。日本Ph1のORR 42.9%・CR 29%を米国コホートで再現できれば、ライセンスアウト交渉の加速と条件付き早期承認申請への道が開ける。
財務・資金リスク分析
損益推移(過去3期)
| 項目 | 2023年8月期 | 2024年8月期 | 2025年8月期 | 2026年8月期(予想) |
|---|---|---|---|---|
| 事業収益 | 25.0億円 ※ | 0円 | 0円 | — |
| R&D費用 | — | 15.0億円 | 14.3億円 | — |
| 営業損益 | +2.1億円 | △18.0億円 | △17.9億円 | △20.1億円 |
| 純損益 | +2.2億円 | △18.3億円 | △17.9億円 | △19.6億円 |
| 現預金残高 | — | 43.3億円 | 25.5億円 | 24.5億円(Q2末) |
※ 2023年8月期の収益25億円は小野薬品工業へのCTX-177ライセンス契約一時金(単発)。2025年4月に小野薬品が開発中止・ライセンス解約したため、現在は収益ゼロの完全R&Dステージ企業。
資金繰り・増資リスク
| 現預金残高(2026年2月末) | 24.5億円 |
| 四半期バーンレート | 約3.1億円 |
| ランウェイ(ワラント除く) | 約8四半期(約2年) |
| 継続企業の前提注記 | なし(重要事象の記載あり、不確実性は否定) |
| 増資リスク評価 | 中〜高 |
新株予約権(ワラント)の状況
2025年9月にSBI証券に対して第9〜11回新株予約権を発行。全行使時の潜在株式数は17,200,000株(発行済比約24.9%の希薄化)、最大調達額は約31.3億円。
| 区分 | 潜在株式数 | 行使価額 | 修正条項 | 行使期限 |
|---|---|---|---|---|
| 第9回(MSワラント) | 10,320,000株 | 175円(下限105円) | あり | 2027年9月 |
| 第10回(固定) | 3,440,000株 | 175円 | なし | 2027年9月 |
| 第11回(固定) | 3,440,000株 | 210円 | なし | 2028年9月 |
第9回MSワラントの行使が着実に進行中(2026年2月末までに約5億円行使済み、4月に大量行使の適時開示あり)。ただし第10回(175円固定)・第11回(210円固定)は直近株価が大幅に下回っており、株価回復がなければ行使されない設計。株価が回復しない場合は追加資金調達が2026〜2027年に必要となる可能性がある。
その他リスク要因
- キーパーソンリスク:23名の小規模組織で、武田薬品出身のベテラン創薬研究者に依存。CEO三宅氏への依存度が高い
- 臨床開発リスク:Ph2成功確率は腫瘍領域で約30%。拡張コホートの結果次第でパイプライン価値が大きく変動
- CTX-177リスク:小野薬品による開発中止後の再導出交渉は不透明。累計33億円を受領したライセンス収入の途絶
- 特許リスク:主要物質特許の権利者が武田薬品であり、ライセンス条件変更の潜在リスク
- 市場リスク:AML治療薬市場にMenin阻害剤(Revumenib承認済み)、FLT3阻害剤、IDH阻害剤、venetoclax等が続々参入し競争激化
- 財務リスク:完全R&Dステージ企業のため収益ゼロ。ワラント行使と将来のライセンス契約に資金計画が依存
まとめ
Chordia Therapeuticsは、世界唯一の臨床段階CLK阻害剤rogocekibという強力な差別化資産を持つ。日本Ph1でのORR 42.9%・CR 29%(AML、n=14)は、同じ適応症で承認済み/開発後期のMenin阻害剤に匹敵する成績であり、かつスプライシング変異非依存で対象患者群が広い点が優位性だ。FDAオーファンドラッグ指定の取得も開発上の追い風となる。
一方、小野薬品によるCTX-177開発中止で収益源が途絶し、現預金24.5億円に対して年間バーン約18〜20億円というタイトな財務状況が最大のリスクだ。第9回MSワラントの行使は進行中だが、第10・11回の固定価格ワラント(175〜210円)は現在の株価水準では行使困難であり、臨床データによる株価回復が資金計画の生命線となる。
rNPVベースケースでは1株あたり¥112と算出されるが、2026年中盤のインテリムデータが最大のカタリストであり、良好な結果が出ればライセンスアウト交渉の加速とバリュエーション再評価のトリガーとなる。
免責事項・ディスクレーマー
本記事は特定企業のパイプラインに関する調査分析の情報提供を目的としたものであり、特定の銘柄の売買を推奨・勧誘するものではありません。rNPV試算は独自の前提条件に基づく推計であり、実際の企業価値を保証するものではありません。バイオ医薬品の開発には高い不確実性が伴い、臨床試験の失敗、規制当局の判断、競合状況の変化等により開発品の価値が大幅に変動する可能性があります。投資判断はご自身の責任において、十分な情報収集と専門家への相談のうえで行ってください。
本記事の情報は2026年6月10日時点の公開情報に基づいています。筆者は本記事で言及した銘柄のポジションを保有している可能性があります。